野嶋 剛氏が福岡で「台湾とは何か」を講演

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台湾ウオッチャーとして著名なジャーナリストの野嶋 剛氏を招いて「台湾とは何か」をテーマにした講演会が4月8日、福岡市の西南学院大学コミュニティセンターで開催された。(共催:九州台日文化交流会、リアリティマネジメント株式会社。協賛:台北駐福岡経済文化辦事處。後援:台湾貿易センター福岡事務所ほか)

講演会の案内状

講演に先立って挨拶した台北駐福岡経済文化辦事處の戎義俊處長(総領事)は、野嶋氏とは朝日新聞台北支局長時代に知り合ってから、以来9年に渡るお付合いであり、その後いろいろな機会に同席するようになった事を話し、1つのきっかけが大きく発展したことは「縁は異なもの味なもの」という関係を感じているとした。また、本講演のテーマである野嶋氏の著作「台湾とは何か」を二度読み通し、多くの箇所でその分析力に感銘しヒントを貰ったとしたほか、「現在日台両国はこれまでになく良好な関係にあるが、他方でトランプ米大統領の出現で国際情勢は流動化しており、このタイミングでこの本が発行された事は非常に大きい意味を持っている。今日ここに集まった63人の皆さんと一緒に改めて日本と台湾の今後の関係を考えたい」と述べた。

野嶋 剛氏の著書を手に挨拶する台北駐福岡経済文化辦事處の戎義俊處長(総領事)

これに対し野嶋氏は戎総領事の評価に深い謝意を表するとともに、自分が福岡市生まれであり、朝日新聞入社後も久留米市や隣県の佐賀支局に勤務した事を説明し、縁の深い土地の人々に台湾に関する自分の考えを率直に伝え、会場の意見も聞かせて貰えれば有り難いと述べた。

講演に入って野嶋氏が最初に指摘したことは、いま日本で台湾がブームの状況を呈しているもかかわらず、台湾の政治や社会について書かれた本が非常に少ないことであり、これが台湾社会の激しい変化に起因しているのではないかということであった。就任時に非常に高かった国民党・馬英九政権の支持率も政権終盤には大きく下がり、昨年民進党の蔡英文総統の誕生を許しただけでなく、議会でも初めて民進党に逆転される事態を招いた。また政権発足当時に70%を超えていた蔡英文総統の支持率も今は40%前後に低迷している。このような変化を目の当たりにすると、うかつに論評したり断定的なことを書くのが怖くなるというのである。

講演する野嶋 剛氏

台湾の人々の「台湾人」としてのアイデンティティと独立志向に関する問題については、中華民国の台湾統治は国際法上の根拠がないとする「法理独」や国民党の中国化教育を受けながらやはり自分たちは中国とは違うと考える「転向独」と異なり、若い人の殆どは生まれた時から自分たちは台湾人であるとする「天然独」であり、もはやこれが覆ることはないと見なければならないのではないかという。いま台湾人は中国と接近すればするほど自分たちのアイデンティティを認識する皮肉さの中にあるし、「チャイニーズタイペイ」という名前で国際的なスポーツ大会に出場するチームを「台湾頑張れ」と言いながら中華民国の「青天白日旗」を振って応援するという複雑さの中に生きている。このような国際ルールに縛られながらアイデンティティを保とうとする台湾及び台湾人の現実を理解することが日本が台湾と向き合う基本になるという。

また、日台関係を考えるキーワードは1945年以降の「以徳報怨」(蒋介石)、1990年以降の「民主化」(李登輝)、2011年以降の「震災支援で善意の連鎖」(馬英九、蔡英文)と変化してきたこと。そして2016年には台湾からは420万人が来日し、日本からも台湾へ190万人が渡航しており、最近の世論調査では台湾人の56%が日本のことを最も好きだと回答し、台湾に好感を持つ日本人も似たような数字であることが報告されている。しかし一方でリベラルな台湾を支持しているのは右寄りの日本人であり、進歩的又は左寄りといわれる人々は中国との関係で現代台湾を直視できない「思考停止状態」にあるという。このような状況にあるにしても、今の日本にとって仲の良い隣人は結局台湾しかないのであるから、台湾にしっかり関心を持ち、健全な普通の関係を築くべきであるという野嶋氏の言葉に会場から納得の空気が流れた。

その後、質疑応答の時間が設けられて熱心な質問があり、丁寧な回答が返された。

会場の人々との質疑応答

Q:日本の若い人の台湾への認識はあまりにも浅いと思う。日本側には若い人にもっとしっかり台湾のことを教えてもらいたいが、どうすれば良いか?

A:その実現のための二つの考えを持っている。一つは台湾のことを知りたい人は多いがそれを知らせるための場所と機会が少ない。これを増やさなければならないと思う。もう一つは190万人もの日本人観光客の行き先が台北に偏っている。これを是正することだ。この人達を台北以外の場所に誘導すれば滞在日数も増え、台湾のことをより広く、深く知ってもらえると思う。

Q:日本は天然独に対応できると思うか?

A:天然独は日本についてほとんど知識を持っていない。この人々を招き、考え方を知ることが大事だ。10年かけてでも招聘プログラムを進めるべきだ。

Q:台湾人はなぜ親日なのか? もっと日本に厳しくても仕方ないのではないか?

A:必ずしもすべての人が親日という訳ではない。高齢で日本語世代でありながら中国人としての意識が強く反日の人もいる。むしろ若い人に親日が多い。若い人は日本の食品やアニメなどに取り囲まれている。日本にもよく来ている。日本人でもハンバーガーやコーラに親しんだ人は米国が好きなのではないか?また、台湾人は台湾ファーストだ。映画KANOについても台湾の人が甲子園で準優勝を勝ち取った事に共感を覚えている。湾生回家でも、日本人が台湾に戻って来て、その良さを肯定することを喜んでいる。一方、日本からの食料輸入については、放射能で汚染された食品を売りつけられるのではないかと警戒した。単純な親日ではないことを知っておく方が良い。

会場から熱心な質問が続いた

Q:東南アジアに広がる華僑と台湾の関係はどうなっているか?

A:全世界に4000万人の華僑がいる。これは台湾にとって非常に大事な資産である。台湾を知らない華僑も多い一方、シンガポール、東南アジアの華僑の子供や孫が多数台湾に留学に来ている。台湾の南向政策にとっても華僑の力を活用した方が良いと思う。

Q:安全保障上も台湾を孤立させない事が必要だと思うが・・・

A:有事における台湾の安全保障に日本が直接的に関わることはあり得ない。有事の時よりも平時が大事だ。例えばFTA(自由貿易協定)の締結について見ると、蔡英文政権は外交に関する意思決定が遅いし上手くない。外交は秘密裏に進めておいて素早く決断・発表することが肝要だが、このテクニックがない。台湾の意思決定がスムーズに行くように協力することが間接的な安全保障にもつながると思っている。

講演会終了後、主催者などとの懇親会の場で

講演会終了後、主催者などとの懇親会の場で再度「なぜ台湾人は親日なのか?」が話題となり、それぞれが自分や父母の体験を混えながら「初期の国民党政治への期待と失望」、「台湾を台湾として認識する“認識台湾”教育」、「反日偏向教育の修正」、「日常的に日本のアニメや歌に接触していること」などを挙げたが、野嶋氏は、それに加えて「台湾の人々が日本の社会システム(公)を評価していること」が大きい要素の1つであり、必ずしも日本人そのものをリスペクトしているのではないことを忘れないことが新しい台湾と向き合う鍵になると指摘した。