ホーム ブログ

【風雨の中で――私が見てきた日台関係の歩み】《台湾新聞》の讀者投書(日文)

六月二十三日は、沖縄の「慰霊の日」である。太平洋戦争における沖縄戦の終結を記念する日であり、毎年、日本の首相も、最後の激戦地となった摩文仁の丘の「平和祈念公園」で行われる追悼式に出席し、あいさつを述べる。

この地には三百を超える慰霊碑が立ち、二十四万人の戦没者の名前が刻まれている。韓国人戦没者の慰霊碑もある。

しかし長い間、台湾だけはそこに名を連ねることができなかった。二〇一六年になって、ようやく蔡英文総統の揮毫による「台湾之塔」が建立されたのである。

二〇一八年六月二十三日、沖縄・摩文仁の丘。その日は、ひときわ暖かな日差しに包まれていた。

追悼文を読み上げらる。(写真は『李登輝訪日秘聞』より)
追悼文を読み上げらる。(写真は『李登輝訪日秘聞』より)

九十四歳の李登輝元総統は、随行員に支えられながら、ゆっくりと「台湾人戦没者慰霊碑」へ歩み寄った。足取りは決して力強いものではなく、その姿も弱々しく見えた。しかし、慰霊碑の前に立った瞬間、長い歳月と苦難を越えてなお揺るがぬ強い意志が、そこには確かにあった。

李元総統が紅白の幕を下ろすと、碑には「為国作見証」という五文字が現れた。続いて、低い声で追悼の言葉を読み上げた時、何度も声を詰まらせた。会場は静まり返った。故郷から来たこの老いた指導者の姿を前に、在日台湾人である私は胸がいっぱいになり、気がつくと涙があふれていた。

その時、私の胸にはさまざまな思いが込み上げていた。晩年になっても台湾のために力を尽くす李元総統の姿。そして、戦時中に台湾を代表するかのように異国の戦場で血を流し、故郷に帰ることなく眠った台湾の英霊たち。その二つの姿が、私の心の中で一つに重なって見えた。

七十年以上前、台湾を離れた若者たちは、台湾各地のごく普通の家庭の子どもたちだった。ところが戦争の波に巻き込まれ、遠い戦場へ送られた。異郷で命を落とした人もいれば、遺骨すら戻らなかった人もいる。海の底に眠ったまま、故郷と永遠に別れた人もいる。

彼らは、自分の意思とは関係なく、かつて日本兵であった。戦後は、もはや日本人ではなくなった。しかし彼らは台湾人であったにもかかわらず、戦後の台湾新政府は、彼らが背負っていた複雑な歴史を十分に理解せず、当然あるべき尊重や慰めも与えなかった。

こうして、国のために命を落とした台湾の若者たちは、歴史の流れの中で忘れられていった。七十年以上もの間、彼らは帰る国を失い、誰からも顧みられない孤独な魂となっていたのである。そう思うたびに、私の胸は痛む。これは彼ら個人の悲劇であるだけでなく、数百年にわたる台湾の運命そのものの縮図でもあるからだ。

四百年にわたり、美しい島・台湾は、幾度も支配者の交代を経験してきた。政権が変わるたびに、前の時代の忠臣や義士は、次の時代には反逆者や賊と呼ばれることがあった。昨日の英雄が、今日の罪人となる。昨日の忠烈が、今日には歴史の捨て子となる。

だからこそ、私が李元総統とともに「為国作見証」の碑の前に立った時、私ははっきりと感じた。彼が弔っていたのは、単に台湾出身の元日本兵だけではない。時代に置き去りにされ、長く誰からも顧みられなかった台湾の英霊であり、時代の底に埋もれていた歴史の傷痕であった。

李元総統が見つめていたのは、台湾人が歩んできた苦難と尊厳である。歴史の荒波の中で何度も傷つきながら、それでも屈しなかった台湾人の精神である。そして、半世紀を超えて日台の人々が互いを理解し、支え合いながら築いてきた、かけがえのない友情でもあった。

この沖縄訪問は、李元総統にとって退任後九度目であり、最後の訪日となった。振り返れば、私はほとんどすべての訪日に同行し、この日本への道を切り開く歩みに関わってきた。気がつけば、二十年以上の歳月が流れていた。

【大田先生へ感謝状】 でお願いします。写真は『李登輝訪日秘聞』より
【大田先生へ感謝状】 でお願いします。写真は『李登輝訪日秘聞』より

二〇〇〇年当時、日台関係はまだ重い影に覆われていた。台湾人が日本へ行くにはビザが必要であり、日本政府も中国からの強い圧力を気にして、李元総統の訪日にはきわめて慎重だった。

台湾出身者として、私はそれに強い疑問を抱いた。そこで京都大学の卒業生として、「李登輝元総統の日本訪問と母校京都大学訪問を支持する」全国的な署名運動を始めた。

その年、私は在日開業医の一人にすぎなかった。自信もなく、頼れる後ろ盾もなかった。ただ、義憤にかられて、京都大学の卒業生や日本の医師たちに向けて、およそ二万通の署名依頼を送った。正直に言えば、成功する見込みはまったくなかった。自分にどのような影響が及ぶかさえ分からなかったが、それでも後には引けなかった。

ところが、賛同の返信が雪のように次々と届き、励ましや応援の声も絶えなかった。その時、私ははっと気づいた。「徳は孤ならず、必ず隣あり」。李登輝を思い、台湾を応援してくれる日本の人々は、私が想像していたよりもずっと多かったのである。

結果として、わずか数か月で一万五千人を超える署名が集まった。その中には八十八名の京都大学教授も含まれていた。

特に私が感動したのは、後にノーベル医学・生理学賞を受賞する本庶佑教授が、当時、京都大学医学部長として真っ先に署名してくださったことである。

その後、私は署名の成果を当時の森喜朗首相と李元総統にそれぞれ届けた。また、メディアの協力を得て京都大学で記者会見を開き、公表した。それは日本のメディアの大きな関心を集め、李元総統の初めての訪日実現に向けた重要な後押しの一つとなった。

その時、私は深く感じた。日本社会は、李登輝を忘れていなかった。台湾を忘れていなかった。その友情はずっと存在していた。ただ、呼び覚まされる時を待っていただけだったのである。

二十年以上が過ぎた今、当時を振り返ると、多くの人や出来事はすでに移り変わってしまった。それでも、あの頃の光景は昨日のことのように鮮明に思い出される。

那覇空港のVIPラウンジにて(写真は『李登輝訪日秘聞』より)
那覇空港のVIPラウンジにて(写真は『李登輝訪日秘聞』より)

今年三月末、私は台湾の母校に招かれ、「日台交流、苦難を越えて実った歩み」という題で講演した。二十年以上にわたる日台関係の変化を振り返ると、冷え込みから温もりへ、距離から理解へと進んできたその歩みの中で、李登輝元総統は間違いなく最も重要な人物の一人であった。

李元総統は退任後、九度日本を訪れた。その一回一回が、行動であり、呼びかけであった。個人の信念の実践であり、日台民間交流の絆を確かめる旅でもあった。表面上は静かに見えても、日本社会の奥深くには、静かな流れのように台湾への関心が広がっていった。

もちろん、李元総統の訪日はそのたびに中国を刺激し、日本側にもさまざまな圧力がかかった。しかし歴史は、必ずしも強い国の思い通りには進まない。

外からの妨害は、かえって日本の世論を少しずつ変えていった。台湾に対する日本社会の見方は、知らない存在から、関心のある存在へ、冷淡さから理解へ、同情から支援へと変わっていった。そして今日、台湾の自由と民主主義を心から支持する流れへとつながっている。

日台関係がここまで来るまでには、長い時間と多くの苦労があった。しかし歳月は無情である。当時を知る人々は次第に少なくなり、表に出せない「やることはできても語ることはできない」交流の記憶も、記録しなければ歴史の草むらに消えてしまうだろう。

当事者の一人として、私はその記憶を残す責任があると感じている。かつて『李登輝訪日秘聞』を出版し、この複雑な歩みを記録した。そして今年三月の台湾での講演を機に、あまり知られていない断片をもう一度整理し、後の世代に残したいと思ったのである。

李元総統の初めての訪日から九度の訪日まで、日台関係はかつての険しい道から、今日の広い道へと歩みを進めてきた。しかし、それは決して当たり前のことではなかった。一歩一歩の背後には、黙って努力した人がいた。圧力に耐えた人がいた。無数の人々の願いと心血があった。

語れることもあれば、語れないこともある。歴史に書き残せることもあれば、参加した者の記憶の中にしか残らないこともある。

日台関係が今日の姿にたどり着いたのは、必ずしも大きな出来事だけのおかげではない。むしろ、一つ一つ積み重ねられてきた信頼の結果である。それは、「行うことはできても、軽々しく語ることはできない」暗黙の信頼である。国交はなくても互いに気にかける友情であり、困難な時に支え合おうとする温かさでもある。

この二十数年、私は日台関係が苦難を越えて実っていく姿をこの目で見てきた。その中で、李登輝元総統は間違いなく、最も大切な種をまいた人物の一人であった。

今、哲人はすでにこの世を去った。当時、李元総統の訪日に関わった人々の中には、すでに亡くなった人もいる。白髪となった人もいる。そして私自身も、意気盛んだった壮年期を過ぎ、人生の晩年に差しかかった。来し方を振り返ると、歳月は水のように流れ、人生は旅のようにはかないものだと感じずにはいられない。

時折、琵琶湖のほとりに立ち、仏教の聖地・比叡山を仰ぎながら、夕日が沈むのを眺めていると、ふと摩文仁の丘のあの日がよみがえる。李元総統の老いてなお揺るがぬ姿と、自分が関わってきた日々が思い出されるのである。

時は多くの人や出来事を連れ去っていく。それでも、忘れてはならない記憶がある。後の世代に大切にしてほしい友情がある。

なぜなら、日台の間には国交はなくても、友情がある。正式な同盟はなくても、信義がある。海を隔てていても、自由と民主主義という共通の価値がある。

そして何より、歴史の風雨をくぐり抜けた今、私たちは分かり始めている。日本と台湾は、もはや単なる隣人ではない。大切な時に互いを支え合う親しい友であり、時には運命を共にする存在でもあるのだ。

あれから八年が過ぎた。それでも清明の季節になると、摩文仁の丘での記憶が、ふいに胸によみがえる。そして私は、言いようのない思いに包まれる。

私は知っている。自分が見届けたのは、単なる追悼式ではなかった。それは、一つの時代の後ろ姿であった。

李登輝元総統が台湾と日本に残した最後の願いであった。そして、日台の人々が風雨を越え、互いを知り、支え合い、苦難の末に築いた歴史の一章であった。
私は、その場に身を置くことができた。

それだけで、この人生に悔いはない。

2026年6月23日

大田一博敬具

中國語文學會第174次學術發表會 聚焦AI語言教育與竹久夢二台灣行研究

【東京訊】中國語文學會6月20日在東京池袋東京語文學院舉辦「第174次定期學術研究發表及演講會」,吸引眾多會員、教育工作者及文藝愛好者參與,共同探討語言教育與文化研究的最新成果。

林佩芬會長致辭
林佩芬會長致辭

活動由會長林佩芬主持開幕。林會長表示,學會長年致力於學術研究、文化介紹及日中交流,感謝會員與各界支持,未來將持續活化研究活動,打造更完善的學術與文化交流平台。

黃聖明組長致辭
黃聖明組長致辭

台灣駐日代表處教育組組長黃聖明應邀致詞。他肯定學會多年來推動學術與文化交流的貢獻,並指出近年台日關係在教育、學術與文化領域持續深化,許多成果皆來自民間團體與學者的共同努力。他感謝各界長期投入台日交流工作,並期許未來持續攜手合作,推動雙邊關係再創新局。

第一場學術發表由王睿琪以「AI如何改變第二語言聽解教育」為題進行報告。她指出,過去用於分析語言理解過程的原案分析法雖具高度研究價值,卻因耗費大量時間與人力而難以普及。透過AI技術的導入,已能自動完成意義單位切分、策略抽取與分析,並建立聽解支援系統雛形。研究顯示,AI可有效協助研究者與教師處理重複性工作,讓教育者將更多心力投入高品質分析及個別化指導,為第二語言教育帶來新的可能性。

王文萱講師及著作
王文萱講師及著作

第二場專題演講由夢二研究會會員、前國立臺灣師範大學兼任助理教授王文萱主講,題目為「竹久夢二的生涯與台灣行之謎」。她介紹大正浪漫代表藝術家竹久夢二的創作人生,並深入探討其晚年造訪台灣的歷史足跡及相關謎團。王文萱表示,竹久夢二訪台歷史長期鮮少受到關注,希望透過持續研究與資料發掘,進一步呈現日本與台灣之間珍貴的藝術交流歷程。

懇親會一景
懇親會一景

活動最後舉行懇親會,與會者在輕鬆愉快的氣氛中交流研究心得與實務經驗,促進不同領域學者之間的互動合作,也為本次學術發表會畫下圓滿句點。透過AI教育研究與文化歷史探索兩大主題的分享,不僅展現學會跨領域研究成果,也為未來台日學術與文化交流注入新的活力。

2026.06.23

東白龍拜會駐日代表處 臺灣後援會力挺史上最強臺灣血統相撲力士(中文、日本語)

擁有臺灣與日本血統的現役大相撲力士東白龍雅士,日前在日本眾議員川松真一朗引薦下,偕同母親白石秀貞女士及師父玉之井部屋師匠栃東大裕(玉ノ井太祐)拜會駐日大使李逸洋。臺灣後援會成員包括僑務委員林月理、台灣新聞社社長(台灣國際美食創新交流協會日本分會會長)錢妙玲、埼玉台灣總會會長羅碧玲及理事林秀香等人也共同出席,展現對東白龍的支持與期待。

李逸洋大使首先祝賀川松真一朗於今年2月當選日本眾議員,並感謝他長期推動臺日交流。李大使表示,很高興能在代表處接待東白龍一行,也感謝曾擔任相撲評論員的川松議員促成此次會面。

東白龍(左1)、師父栃東大裕(左2)、川松真一朗眾議員(右1)
東白龍(左1)、師父栃東大裕(左2)、川松真一朗眾議員(右1)

李大使指出,東白龍於2021年1月晉升十兩,取得關取資格;2023年11月再晉升幕內,成為日本相撲最高競技舞台的一員。日本相撲共有十個等級,從橫綱到前頭的幕內力士總數僅42人,能夠躋身其中十分不易。東白龍以快速靈活的攻勢及連續推擊聞名,被視為近年最具潛力的幕內力士之一,也是目前具有臺灣血統力士中成就最高者。

李大使表示,東白龍在臺灣與日本都擁有許多支持者,希望未來持續努力、爭取更高排名。2006年日本大相撲曾赴臺北舉辦海外公演,當時引起熱烈迴響,期待未來能再度在臺灣看到相撲盛事。

東白龍雅士力士
東白龍雅士力士

東白龍表示,自己從小到高中幾乎每年都會回到母親故鄉高雄過年,因此對臺灣有深厚感情。成為職業力士後,由於訓練與比賽繁忙,已經有一段時間未能返臺,希望未來有機會再回高雄看看,也希望臺灣的相撲迷繼續支持他,他會以更好的成績回報大家。

玉之井部屋師匠栃東大裕表示,自己曾於2006年隨日本相撲協會訪問臺灣推廣相撲,至今仍記憶猶新。他也提到,前臺灣相撲協會理事長劉朝惠曾與其父親栃東知頼同屬春日野部屋,因此從小便感受到臺日相撲交流的深厚緣分。

川松真一朗表示,很榮幸能促成東白龍拜會李代表,希望透過此次交流,讓更多臺灣民眾認識並支持東白龍。他也建議未來若有臺灣企業願意贊助,或邀請東白龍赴臺參與交流活動,將有助於提升知名度,進一步深化臺日相撲交流。

推動成立東白龍臺灣後援會的林月理表示,去年10月在駐日代表處國慶酒會上認識東白龍及其母親後,便萌生成立後援會的想法。在各界協助下,今年4月順利舉辦成立大會,希望未來有更多臺灣朋友一起加入應援行列。

李大使也分享,自己雖是相撲門外漢,但為此次會面特別研究相關資料。他認為土俵上的勝負雖然往往在短短數分鐘內決定,但背後除了力量與技術,更需要高度智慧與臨場判斷能力。日本相撲協會認定的決勝技共有82種,能夠在瞬間判斷並靈活運用的力士,絕非僅靠體格優勢即可成功。

他進一步指出,歷史上的名橫綱千代之富士貢身高183公分、體重127公斤,並非以體型見長,卻憑藉卓越技術長期稱霸相撲界。東白龍身高182公分、體重134公斤,條件與千代之富士相近,未來發展值得期待。

東白龍(左1)、東白龍之母白石秀貞(右1)
東白龍(左1)、東白龍之母白石秀貞(右1)

東白龍的母親白石秀貞女士來自高雄市三民區。她感謝各界長期以來對兒子的關心與鼓勵,也希望大家未來繼續支持東白龍,陪伴他在相撲之路上不斷前進。

值得一提的是,東白龍的師父栃東大裕曾於2002年晉升大關,在朝青龍全盛時期曾六度擊敗這位傳奇橫綱,是當年少數能與其抗衡的頂尖力士之一。如今由這位名師親自指導東白龍,也讓外界對其未來表現充滿期待。

與會人士一致表示,希望在臺日各界支持下,東白龍能持續締造佳績,不僅為自己爭光,也成為連結臺灣與日本友誼的重要橋梁,在未來的土俵上再創高峰。


東白龍関が台北駐日経済文化代表処を表敬訪問

東白龍臺灣後援會成員林月理僑務委員(前排中央)、埼玉臺灣總會會長羅碧玲(左1)、埼玉台灣總會理事林秀音(左3)、臺灣新聞社社長錢妙玲(前排右2)
東白龍臺灣後援會成員林月理僑務委員(前排中央)、埼玉臺灣總會會長羅碧玲(左1)、埼玉台灣總會理事林秀音(左3)、臺灣新聞社社長錢妙玲(前排右2)

台湾と日本をルーツに持つ大相撲力士の東白龍雅士関(玉ノ井部屋)はこのほど、台北駐日経済文化代表処(李逸洋大使)を表敬訪問した。

元相撲解説者で川松真一朗衆議院議員の紹介により、師匠の栃東大裕氏(玉ノ井親方)と母親の白石秀貞さん、さらに、東白龍台湾後援会のメンバー林月理僑務委員、台湾新聞社社主(台湾国際美食創新交流協会)の錢妙玲会長、埼玉台湾総会の羅碧玲会長、林秀香理事らも同席した。

李大使は、川松議員の衆議院議員初当選に祝意し、長年にわたり日台交流の促進に尽力していることを感謝した。また、昨年12月に「日本政界青年研修団」として台湾を訪問した川松議員の活動を高く評価。「川松議員の尽力により東白龍関一行を台湾駐日代表処に迎えることができたことを大変嬉しく思う」と述べた。

東白龍(左1)、師父栃東大裕(左2)、川松真一朗眾議員(右1)
東白龍(左1)、師父栃東大裕(左2)、川松真一朗眾議員(右1)

東白龍関は2021年1月に十両へ昇進し関取となり、2023年11月には幕内へ昇進した。この経緯に「大相撲は10段階の番付制度で構成され、幕内力士はわずか42人の存在。その中で活躍する東白龍関は、台湾にルーツを持つ力士として史上最高位に到達した存在である」と高く評価した。

また「東白龍関は日本と台湾の双方で多くのファンに愛されている。今後さらに上位を目指して活躍してほしい。2006年に台湾で開催された大相撲海外公演以来の台湾大相撲の開催を期待している」と述べた。

東白龍雅士力士
東白龍雅士力士

東白龍関は「子どもの頃から高校生まで、母の故郷である高雄へほぼ毎年旧正月に帰省していた。台湾には深い愛着がある」と語った。力士となってからは稽古や本場所で多忙な日々としながらも「機会があればぜひ高雄を再訪したい。台湾の皆さんにも引き続き応援していただければ嬉しい」と笑顔で話した。

玉ノ井親方は、2006年に日本相撲協会の台湾訪問団の一員として相撲普及活動を振り返り「今でも非常に印象深い思い出」と語った。また、元台湾相撲協会理事長の劉朝惠氏(元栃之華朝王力士)が、自身の父である元関脇栃東知頼と同じ春日野部屋に所属していたことにも触れ、日台相撲交流の深い縁を紹介した。

川松議員は「今回、東白龍関と李代表との面会を実現できたことを光栄に思う。これを契機に台湾の皆様にも東白龍関をより知っていただき、応援の輪が広がることを期待している」と話した。また「台湾企業によるスポンサー支援や台湾での交流イベントが実現できれば、東白龍関の知名度向上と日台相撲交流の発展につながるだろう」と期待した。

東白龍台湾後援会の設立を推進した林月理僑務委員は「2024年10月の台湾駐日代表処国慶レセプションで東白龍関親子と出会ったことが、今年4月の後援会発足のきっかけ。今後さらに多くの台湾人に東白龍関を応援していただきたい」と語った。

李大使は「私は相撲の専門家ではないが、今回の面会に向けて多くの資料を調べた。土俵上の勝負はわずか数分で決まるが、その裏には力や技術だけでなく、高度な知恵と瞬時の判断力が求められる。日本相撲協会が認定する決まり手は82種類あり、それらを瞬時に判断して使い分ける力士は極めて優れた能力を持っている」改めて評価した。さらに、第74代横綱豊昇龍が身長188センチ・体重150キロ、第75代横綱大の里が身長192センチ・体重190キロと恵まれた体格を持つ一方で、1981年から1991年まで活躍した第58代横綱千代の富士は身長183センチ・体重127キロながら卓越した技術で相撲界を席巻したことを紹介。「東白龍関は身長182センチ、体重134キロであり、十分に将来性がある」と期待した。

台湾高雄市三民区出身の母白石秀貞さんは「多くの方々から温かい応援をいただき心より感謝している。今後とも東白龍を見守り、応援していただければ幸いです」と話した。

師匠の玉ノ井親方は、2002年に大関へ昇進し、横綱朝青龍全盛期には6度も勝利を挙げた名力士として知られる。朝青龍に対抗できる数少ない実力者として活躍した経験を持っている。豊富な経験を持つ指導者の下で、東白龍関のさらなる飛躍に期待が高まっている。

2026.06.22

從歷史走向未來 台日情誼在鹿兒島再寫新篇章

【鹿兒島訊】會場內,一位位多年支持台灣的日本友人熱情握手寒暄,來自台日兩地的賓客相互問候,笑容與掌聲此起彼落。這不只是一場例行聚會,更像是一場老朋友的重逢,見證著跨越海洋、跨越世代的深厚情誼。

駐福岡辦事處陳銘俊處長伉儷偕陳登元副領事於本(115)年6月21日出席日本台灣商會聯合總會懇親會,與眾多日本政界、產業界及台灣僑界人士齊聚鹿兒島,共同見證台日友好關係持續深化的重要時刻。日總會長賴本勉、國策顧問謝美香、前總會長俞秀霞、洪益芬、陳潘淼、河道台、東鄉清龍等以及各地台商會幹部共聚一堂,駐日代表處僑務組長劉夏如也趕來參與。

陳處長致詞時表示,鹿兒島與台灣擁有深厚的歷史淵源。日治時期首任台灣總督樺山資紀,以及推動宜蘭近代化建設的重要人物西鄉菊次郎,皆出身鹿兒島。百餘年來,雙方在歷史、文化、教育及經濟等領域建立起深厚連結,也讓台日人民之間累積了珍貴的信賴與友誼。

陳處長指出,近年全球半導體與人工智慧(AI)產業快速發展,九州地區已逐漸成為亞洲科技產業的重要據點。鹿兒島擁有廣闊土地、豐富自然資源及良好的發展環境,自台積電赴熊本投資設廠後,許多台灣高科技企業也開始將目光投向南九州。包括AI醫療、數據中心等相關企業已陸續進駐鹿兒島縣出水市,展現出台日產業合作的新契機。

他強調,科技固然重要,但比科技更珍貴的是人與人之間的信任。正因為多年來台日雙方建立起穩固的友誼基礎,才能讓更多企業願意攜手合作,共同創造雙贏。

陳處長也特別提到,未來除了產業合作外,青年交流更是台日關係持續發展的重要關鍵。期待透過教育、文化、科技及地方交流,讓更多年輕世代認識彼此、理解彼此,成為推動台日友誼的新力量。

他表示,今天的交流不只是回顧過去的歷史,更是在共同描繪未來的藍圖。當台灣的創新能量結合九州的產業優勢,當青年人才跨越國界攜手合作,九州將不只是日本的南方門戶,更有機會成為連結亞洲、走向世界的重要平台。

本次懇親會獲得日本各界高度重視,出席貴賓包括眾議院議員野間健、牧野俊一、小里泰弘、保岡宏武議員夫人,以及鹿兒島縣知事鹽田康一、鹿兒島縣議會議長日高滋、副議長寺田洋一、鹿兒島縣議會台灣友好交流議員連盟會長藤崎剛等多位政要與友台人士,共同展現台日攜手邁向未來的堅定友誼。

從歷史上的交流足跡,到今日科技產業合作的成果;從地方城市的互動,到青年世代的夢想與希望,台灣與鹿兒島的故事仍在持續書寫。而這份跨越海洋的友誼,也將成為推動雙方共同繁榮與發展的重要力量。

2026.06.22

《日本沒有忘記台灣!一頓營養午餐,拉近兩個國家的心——福岡校園見證台日青年最美友誼》

「311大地震發生時,最先伸出援手的是台灣,捐款最多的也是台灣。這份恩情,我們一直沒有忘記。」

在福岡縣立輝翔館中等教育學校的校園裡,紙田墾校長的一席話,讓在場師生深受感動。災難會隨時間遠去,但真誠的情誼卻能跨越歲月,被一代又一代的人傳承下去。

台南市上華蒙特梭利教育研究機構2026年教育旅行團於本(19)日在機構長黃梅雀女士率領下,前往福岡縣立輝翔館中等教育學校進行交流訪問,受到紙田墾校長、總括教頭鬼塚晉吾及師生代表熱情歡迎。台北駐福岡經濟文化辦事處教育秘書王鴻鳴應邀出席歡迎式並參與交流活動。福岡縣觀光協會川邊主任、八女市觀光振興課都市交流課元村乘子股長及課員中城拓等人亦到場協助接待,共同見證這場充滿溫度的台日青年交流。

黃梅雀機構長致詞時表示,上華蒙特梭利教育研究機構位於台南市,長年致力於培養學生獨立思考、創新能力與國際視野,課程規劃具有高度彈性,並依據學生志向安排海外教育旅行。今年參與訪問的學生,多數懷抱未來赴日留學的夢想,因此能夠親身走進日本校園,與當地學生面對面交流,意義格外深遠。

黃機構長也特別致電台北駐福岡經濟文化辦事處陳銘俊總領事,感謝辦事處長期以來對台日教育交流的重視與支持,讓更多青年學子有機會透過實際互動認識彼此文化,建立跨越國界的友誼。

台南上華蒙特梭利教育研究機構學生與輝翔館學生交流

輝翔館中等教育學校是福岡縣唯一的縣立中等教育學校,積極推動國際交流、英語教育及ICT教育,在人才培育方面成果卓著。紙田校長以流利中文歡迎來自台灣的師生,展現對台灣深厚的情感與友誼。

紙田校長指出,台灣與日本不僅地理位置相近,更擁有深厚的歷史淵源與交流基礎。他特別提到曾擔任台灣總督的明石元二郎,不僅對台灣基礎建設發展有所貢獻,更是唯一長眠於台灣的日本總督,這段歷史也象徵著台日之間特殊而深刻的連結。

在交流活動中,上華學生走入課堂,與日本同學共同學習,並透過鄉土文化介紹、趣味猜謎及地方特色分享,介紹台灣的歷史古蹟、傳統文化與在地風情。雙方學生雖然來自不同國家,卻很快在歡笑聲中拉近距離,教室裡充滿青春活力與真誠互動。

最令人難忘的,是中午共同享用營養午餐的時光。

台南上華蒙特梭利教育研究機構學生與輝翔館學生交流

學生們圍坐在一起,一邊品嘗校園午餐,一邊分享彼此的生活與夢想。語言或許偶有不同,但笑容卻是最好的共同語言。一頓看似平凡的午餐,悄悄拉近了兩個國家的距離,也讓友誼在不知不覺中萌芽。

紙田校長向王鴻鳴秘書表示,日本至今仍感念台灣在東日本大震災期間所展現的溫暖與善意。那份雪中送炭的情誼,不僅存在於歷史記憶中,更化為今日雙方持續交流合作的重要力量。

值得一提的是,輝翔館中等教育學校隔日即將啟程展開首次赴台海外教育旅行。王秘書對此表示誠摯歡迎,並表示辦事處將提供必要協助,期待更多日本青年透過實地走訪台灣,感受台灣人民的熱情與友善。

教育的價值,不只是知識的傳授,更是心與心的連結;交流的意義,也不只是一次活動,而是在年輕世代心中種下一顆理解與友誼的種子。

今天,台南與福岡的青年在校園裡相遇;明天,他們或許將成為推動台日合作的橋梁、促進世界和平的力量。

從一間教室、一張餐桌、一場真誠的對話開始,台灣與日本的友誼正在新世代手中持續延伸。

而這份跨越海洋的情誼,也將如同接力棒般,由青年接續傳承,共同攜手描繪更加開放、友善與充滿希望的

2026.6.19

神戶華僑總會年度會員大會暨懇親會 凝聚僑心續傳綿長情誼

神戶華僑總會於2026年6月14日隆重舉行年度會員大會暨台灣手作創意講座。本次活動吸引眾多會員踴躍齊聚,現場氣氛溫馨、互動熱絡,充分展現華僑社會的知性活力與強大凝聚力。大會由神戶華僑總會會長高四代主持,台北駐大阪經濟文化辦事處處長 范振國、僑務秘書 黃麗婷及領務秘書 張正暘特蒞臨指導。黃秘書於會中簡介近期推廣之僑務業務,領務張秘書亦親自說明相關窗口申請的最新規定與變革,並與在日僑胞親切交流,共襄盛舉。

范處長致詞

會中依序由副會長潘宇報告總會年度事務,副會長江丕正則進行財務報告。江副會長指出,本年度起會館即將進行外牆粉漆工程,期盼會員僑民們能慷慨解囊,共同維護會館基業。隨後由青年部部長周美絵簡短說明青年部年度活動,並現場募集新成員,充分展現神戶華僑總會傳承經典、銳意創新的蓬勃生機。

手做台灣愛玉教室一景
巧手捏麵體驗
台灣黑熊寶寶創作之成品

在文化講座環節中,土浦美智理事帶來「台灣茶油手部按摩工作坊」,分享台灣茶油的多方發展,使在座僑民深刻感受蘊含在茶文化中的健康智慧。李安琪理事主講的「巧手捏麵體驗-台灣黑熊寶寶創作」,吸引許多大朋友與小朋友一起動手創作,加深親子間的互動與感情。此外,本會會員井本留美子指導的「手作台灣愛玉」活動,更讓眾多會員首次體驗親手搓愛玉的樂趣,並藉此認識僅在台灣種植的愛玉其獨特與趣味之處。

長榮航空 吳 光揚支店長(右)親頒獎項
中華航空 松田 峻一先生(左)親頒獎項

活動尾聲迎來了會員們最期待的壓軸抽獎。本次活動獲得中華航空與長榮航空的大力支持,慷慨贊助台日來回機票;此外,眾多理事與會員也熱心提供豐富獎品,將現場氣氛推向最高峰。同時,總會特別向每位到場嘉賓贈送精美的心意紀念品,為這場充滿熱情與活力的週末聚會畫下圓滿句點。本次盛會不僅再次展現神戶華僑總會的強大凝聚力與推廣文化的熱忱,未來總會也將持續深耕關西地區的華僑社會,期盼進一步深化台日之間的友好情誼。全體理監事對大會的圓滿成功致上最誠摯的謝意,並由衷期待明年有更多會員鄉親踴躍參與,再度共襄盛舉。

 

ANAクラウンプラザホテル神戸 吳 庭儀小姐(右)親頒獎項

台湾バナナ寄贈で結ばれる甲佐町と台湾の友情(日本語、中文)

台湾国際美食創新交流協会熊本分会(錢妙玲会長)は6月17日、熊本県甲佐町(甲斐高士町長)の全小中学校の児童・生徒向けに台湾産バナナ1000人分を寄贈した。子どもたちに台湾の優れた農産物を味わってもらうと、食を通じた国際交流を深めることを目的とした。

寄贈式は甲佐町役場で行われ、甲斐町長、三輪孝之副町長、蔵田勇治教育長が出席し、町を代表してバナナを受け取った。寄贈者側からは錢会長、李孟哲監事長が出席した。また、駐福岡台北経済文化弁事処経済部の何坤松部長も立ち会った。

寄贈式終了後、一行は町内の学校を訪問し、児童・生徒たちと交流した。多くの子どもたちは台湾バナナを初めて口にし「香りがとても良い」「甘くておいしい」「以前家族で台湾へ行ったことを思い出した」と笑顔を見せた。

甲斐高士町長は「このたび台湾バナナ1000人分をご寄贈いただき、心より感謝申し上げます。いただいたバナナは子どもたちの給食で活用させていただきます。本日はぜひ、子どもたちの喜ぶ姿をご覧いただければと思います。今後予定されているさまざまな交流イベントも大変楽しみにしております」とお礼した。 

また「昨年、甲佐町と台南市安南区は友好交流協定を締結いたしました。本年は農業関連職員を安南区へ派遣する予定であり、交流はさらに深化していくものと期待しております。これまで実施してきた子どもたち同士の交流に加え、今後は町民全体を含めた幅広い交流へと発展し、相互理解と友情がより一層深まることを願っております」と述べた。

蔵田勇治教育長は「このたび、台湾国際美食創新交流協会熊本分会より、町内の児童・生徒たちへ台湾バナナをご寄贈いただき、心より感謝申し上げます。子どもたちにとって台湾の食文化や農産物に触れる大変貴重な機会となります。今回の交流を通じて台湾への理解や関心が深まり、将来の国際交流につながることを期待しております」と謝意を表した。

駐福岡台北経済文化弁事処経済部の何坤松部長は「本日、台湾国際美食創新交流協会熊本分会による甲佐町の全小中学校への台湾バナナ寄贈式にお招きいただき、大変光栄に思います。台湾バナナは、やさしい甘さと豊かな香りが特徴です。実は台湾のバナナ栽培技術は、日本統治時代に日本から導入された技術を基礎として発展してきた歴史があります。長年にわたり日本の皆様にも親しまれてきた台湾バナナを、今回子どもたちに味わっていただけることを大変嬉しく思います。今回の寄贈を通じて、子どもたちが台湾への関心を持ち、その背景にある歴史や文化についても知っていただければ幸いです。今後の台湾と日本の交流促進につながることを期待しております」と述べた。

錢妙玲会長は「甲佐町長には、協会設立の際に最初にご支援いただき、創立大会においても温かいご協力とご協賛を賜りました。新しい協会を立ち上げる中で、そのお心遣いは大変励みとなり、深く感謝しております。9月12日には甲佐町の地元食材と台湾料理を融合させた食文化交流イベントを予定しております。また、11月7日には甲佐町の豊かな自然を体験するキャンプ交流事業も計画しております。今回のバナナ寄贈を一度限りの交流で終わらせることなく、食文化や観光、教育を通じた継続的な台日交流へと発展させていきたいと考えております」と今後の展望を語った。

今回の活動は、日本の子どもたちに台湾の優れた果物を味わってもらうだけでなく、台湾への理解を深める貴重な機会となった。食を通じた交流は国や世代を超えて人と人を結びつける力を持っており、今回の寄贈はまさに台湾のソフトパワーを体現する取り組みとなった。甲佐町と台湾との交流は年々深まりを見せており、今回のバナナ寄贈を契機として、教育、食文化、観光、農業など多方面にわたる交流がさらに発展していくことが期待されている。

台灣香蕉串起甲佐町與台灣情誼

軟實力交流走入校園 熊本甲佐町千名學童品嚐台灣香蕉

【熊本訊】台灣國際美食創新交流協會熊本分會於6月17日捐贈台灣香蕉約1,000人份予熊本縣甲佐町全町中小學學童,希望透過台灣優質水果,讓日本孩子認識台灣,進一步促進台日民間交流與友誼。

捐贈儀式於甲佐町役場舉行,由甲斐高士町長、三輪孝之副町長及藏田勇治教育長代表接受。捐贈方由台灣國際美食創新交流協會熊本分會會長錢妙玲、監事長李孟哲出席,並由駐福岡辦事處經濟部何坤松部長共同見證此次交流活動。

儀式結束後,一行人前往學校與學童互動。許多學生都是第一次品嚐台灣香蕉,紛紛表示「香氣很好」、「非常好吃」,也有學生分享曾經到過台灣旅遊,品嚐香蕉後勾起對台灣的美好回憶,現場氣氛十分熱絡。

甲佐町長甲斐高士表示,感謝協會捐贈約1,000人份的台灣香蕉,這些香蕉將提供給學童營養午餐食用。他表示,甲佐町與台南市安南區已於去年締結友好交流協定,今年也將派遣農業相關人員前往台灣交流,期盼未來除了學生交流外,也能擴大至一般町民層面,進一步深化雙方友誼與合作關係。

藏田勇治教育長表示,此次捐贈讓孩子們有機會接觸台灣的農產品與飲食文化,是非常珍貴的國際教育體驗。透過實際品嚐與交流,不僅能增進學生對台灣的認識,也有助於培養國際視野與跨文化理解能力。

何坤松部長表示,很榮幸受邀出席此次捐贈儀式。台灣香蕉以香氣濃郁、口感香甜聞名,而台灣香蕉的栽培技術最早也是由日本引進,經過長年發展,已成為台灣最具代表性的農產品之一。希望透過此次活動,讓孩子們不僅能品嚐美味的台灣香蕉,也能進一步了解台日之間深厚的歷史淵源與友好情誼,進而對台灣產生興趣,促進未來台日交流。

錢妙玲會長表示,甲佐町長在協會創立初期便給予大力支持,不僅協助推動活動,也在創立大會中提供贊助與鼓勵,讓協會感受到甲佐町滿滿的溫暖與友誼,對此深表感謝。

她並表示,協會未來將持續推動台日交流活動,預計於9月12日舉辦結合甲佐町在地食材與台灣料理的美食文化交流活動,11月7日則規劃甲佐町自然體驗露營交流,希望透過美食、教育、觀光與文化等多元面向,建立更深厚的台日友誼。

此次香蕉捐贈不僅讓甲佐町約1,000名學童品嚐到台灣優質水果,更展現出台灣透過民間力量推動國際交流的軟實力。從校園出發,讓孩子們透過味覺認識台灣,也為甲佐町與台灣未來在教育、文化、觀光及農業等領域的合作奠定更穩固的基礎,讓台日友誼持續向下扎根、向上成長。

2026.6.18

衆参議員が超党派「台湾海峡の平和と安定考える会」発足 林佳竜外相「歓迎」

【中央社】日本維新の会などの衆参議員5人が15日、超党派の勉強会「台湾海峡の平和と安定を考える国会議員の会」を設立した。これを受け林佳竜(りんかりゅう)外交部長(外相)は16日、日本の与野党の国会議員が継続的に具体的な行動で台湾海峡情勢への関心を寄せていることに対し「評価と歓迎」を示した。

北村晴男参院議員(日本保守党)、山田吉彦参院議員(国民民主党)、西田薫衆院議員(維新)が代表世話人を、石平参院議員(維新)が事務局長を務める。発足メンバーには横田光弘衆院議員(維新)も名を連ねた他、石氏のX(旧ツイッター)によると、梅村みずほ参院議員(参政党)も入会の意向を示した。

石氏はXで発足の経緯について「『台湾有事=日本有事』への危機感から、有事を未然に防ぎ台湾海峡の平和を維持するのにどうすべきかにつき日頃から研鑽(さん)と議論を深め、いざとなる時に備えるためだ」と説明。今後は「台湾各界との交流を行いながら、議会や政府への提言をまとめていく」とした。

また、発足メンバーの5人は15日、台北駐日経済文化代表処(大使館に相当)を訪問し、同処の李逸洋(りいつよう)代表(大使に相当)と意見を交わした。

林外交部長のコメントは、外交部(外務省)の副報道官が発表した。

資料來源:中央社

2026.06.18

観光署、台湾リピーター優遇措置を検討 同行者と合わせ約4万円相当 日本重視の姿勢も

【中央社】交通部観光署(観光庁)は17日、台湾旅行のリピーター獲得に向けた優遇措置を検討していると明らかにした。条件を満たす旅行客に5千台湾元(約2万5千円)相当、同行者に3千元(約1万5千円)相当の特典を提供する予定だとしている。日本市場を重視している姿勢も示した。

同署は報道資料で、日本のパスポート(旅券)申請時にかかる手数料が7月1日から減額されることや、日本旅行業協会(JATA)がこれに併せて拡充する日本人海外旅行者数の回復に向けた「もっと!海外へ」キャンペーンに言及。日本の海外旅行(アウトバウンド)市場が成長する機会をしっかりと捉えたいとの考えを示した。

また、日本側の海外旅行促進策と台湾側の優遇措置の相乗効果で、日本人の訪台意欲がより高まることに期待しているとした。日本は従来から台湾にとって最も重要かつ消費力が安定した旅行客の供給元の一つだとした上で、今後は初めて訪台する旅行客の誘致だけでなく、リピーターや富裕層にも重点を置き、よりディープな旅行スタイルや地方観光の発展を推進していくと述べた。

報道資料によれば、同署の陳玉秀(ちんぎょくしゅう)署長が16日に訪日し、JATAや阪急交通社のトップとそれぞれ面会。日本人訪台観光客の誘致や観光協力の深化を図ったという。

資料來源:中央社

2026.06.18

第一屆東京新極美台灣展盛大開幕

台日136件藝術精品齊聚中正紀念堂 以藝術搭建友誼橋梁

【台北訊】為深化台日文化藝術交流,備受矚目的「第一屆東京新極美台灣展」於6月13日在台北中正紀念堂三樓藝廊隆重揭幕。本次展覽由日本東京新極美術協會主辦、台灣藝術協會協辦,集結日本及台灣藝術家的創作精華,共展出136件精彩作品,其中包括76位台灣藝術家(含15位兒童)的優秀創作,吸引眾多藝文界人士及藝術愛好者到場參觀,共同見證這場台日藝術交流盛會。

日本東京新極美術協會會長圓山幹生與理事長周東寬,特別率領43位日本藝術家親自來台參展,展現對台灣藝術文化交流的高度重視。周東寬理事長長年旅居日本,身兼醫學博士,在中醫領域成就卓越,同時深耕繪畫藝術多年,曾榮獲日本「內閣總理大臣賞」等殊榮。

周東寬分享自己始終相信「醫術也是一種藝術」,數十年來以醫師身分守護人們健康,同時也透過繪畫療癒心靈。他認為,創作最珍貴之處在於能帶給他人喜悅,畫家在下筆時,應懷抱著讓欣賞者露出笑容的心情,就如同親手獻上一束鮮花,看見別人喜悅時,自己也能感受到幸福。

他也回憶,小學一年級暑假時,第一次因繪畫受到老師深刻關注。當時提交畫作後,班導師林清美老師連續三次詢問:「這真的是你畫的嗎?」甚至讓他站到教室後方。年幼的他並未認為那是責罰,反而開心地從另一個角度欣賞教室風景,還向回頭看他的同學揮手。如今已高齡93歲的林老師原本計畫出席此次展覽,因先生身體不適而未能前來,但仍約定將於日後親自前來欣賞他的作品,這段跨越數十年的師生情誼也令人感動。

談及本次台灣展的緣起,周東寬表示,擁有32年歷史的新極美術協會於去年4月進行幹部改選,他獲推選擔任理事長。隨後理事會提出希望推動海外國際展覽的構想,他立即提議「第一站就到台灣舉辦」。在台灣駐日代表處的協助與支持下,最終選定6月於台灣重要文化地標——中正紀念堂舉辦首屆東京新極美台灣展,他對此表達由衷的感謝。

開幕典禮現場嘉賓雲集,台日關係協會會長謝長廷親臨致詞,對日本藝術家遠道來台交流表達誠摯歡迎,並期盼未來透過藝術、文化等多元交流,持續深化台日友誼。協辦單位台灣藝術協會理事長邱素美表示,此次畫展不僅讓台灣民眾欣賞到日本藝術家的精湛創作,也提供台灣藝術家走向國際的重要舞台。

本次展覽同時邀請多位台灣傑出藝術家共同參展,包括榮獲客家終身貢獻獎、擅長描繪農村生活與農耕風景的水彩畫家張秋台校長,以及蘇峰男教授、沈禎教授等知名藝術家的精彩作品,充分展現台灣藝術創作豐富多元的生命力。

「第一屆東京新極美台灣展」展期自6月13日至6月24日止,於中正紀念堂三樓藝廊免費開放參觀。主辦單位誠摯邀請各界藝術愛好者把握難得機會,走進展場感受藝術跨越國界的力量,欣賞台日藝術家以色彩與情感交織而成的文化盛宴。

2026.06.17