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日台留学生交流イベントが早稲田大学で開催

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会場の様子
会場の様子

一般社団法人日本学生会議所(UNS台湾部)が主催する日台交流イベントが6月15日、早稲田大学で開催された。今回は、端午節をテーマに日本人と台湾人留学生がクイズ形式で勉強した。

イベント責任者の武知史将さん(早稲田大学政治経済学部3年)によれば、同イベントは、台北駐日経済文化代表処の後援で始まったもので、同会議所が中心になって、日本台湾学生会議、中華民國留日東京同學會などと協力体制を組んでいる。今回は第3回目。第1回目は5月に台湾映画「海角七号 君想う、国境の南」の鑑賞と講演、第2回目は6月初めに討論会が行われた。

「参加者は事前登録では台湾人が59人、日本人が17人と台湾人の方に予想より多く参加していただき、驚いています。8班に分けさせていただいて各班に日本人参加者を2人ほど入ってもらっています」(武知さん)

司会役の早稲田大学政治経済学部の学生
司会役の早稲田大学政治経済学部の学生

冒頭に司会・進行役(武知さん、張さん)の自己紹介があり、続いて、端午節(自殺した中国の詩人屈原を記念する日=旧暦5月5日:6月12日)に関するクイズが行われた。

例えば「台湾では端午に何をする?」(香り袋を身に着けるなど)、「香り袋には何が入っている?」(雄黄・艾草・菖蒲)、「五毒を知っているか?」(蛇・さそり・むかで・やもり・蜘蛛)、「ヨモギを(玄関に)掛けているか?」(毒を避ける)、「雄黄酒を飲んだことはあるか?」(漢方の一種で解毒作用と虫除け)、「玉子を立てたことがあるか?」(昼の時間は太陽の引力と地球の引力が引き合い、玉子が立ちやすい)、「粽の材料を考えてみよう」(屈原の死体を守るために川に粽を投げて魚に食べさせた)、「ドラゴンボートを鑑賞したことがあるか?」(漁民が屈原を助けようとドラゴンボートを使ったという伝承)など。

クイズに参加する学生たち
クイズに参加する学生たち
香り袋の制作
香り袋の制作
香り袋の制作
香り袋の制作
粽を食べる日本人と台湾人留学生
粽を食べる日本人と台湾人留学生
ドラゴンボートクイズでの一コマ
ドラゴンボートクイズでの一コマ
早稲田グッズに喜ぶ学生たち
早稲田グッズに喜ぶ学生たち
スクラッチに当たった学生たち
スクラッチに当たった学生たち

この後、全員、香り袋の制作を行った。また、粽も全員に配られた。ドラゴンボートクイズ(ネット映像を見ながら、一等を当てる)、日本では端午節に何をするか?といったクイズの正解者には、早稲田グッズなどの“豪華景品”が贈呈された。イベントの最後は、名札についたスクラッチ(宝くじ)で盛り上がった。

2班の男女に感想を聞いた。

「台湾に興味がありました。友達になれたら」(日本人女性)、「大学では中国語を学び、この1月から3月、台湾で中国語を勉強しました。台湾人のお友達を作りたい」(日本人女性)、「日本人の友達を作りたい」(台湾人女性)、「大学では留学生が少ない。台湾人に会うために来ました」(台湾人男性)、「明治の交換留学生です。日本人の友達を作りたい。粽も楽しみ」(台湾人男性)、「台湾で日本語を半年勉強しました。日本に来てまだ2カ月ぐらいです。拓殖大学で勉強しています」(台湾人男性)、「粽を食べたいです」(台湾人女性)、「日本で仕事をしていますが台湾人が少ないので、こちらに来ました。たくさん友達を作りたい」(台湾人女性)。

集合写真
集合写真

最後に登壇した台北駐日経済文化代表処教育組の日台青年交流の担当者は、「今年、代表処は特に台湾と日本の青年交流に焦点を当てて促進しています。ぜひ、これからもこうしたイベントに時間を作って参加してください。台湾の友達ができる大切な機会です。台湾の文化を知っていただき、関心をもっていただくことが一番の目的です」と締めくくった。

山梨台灣總會成立10週年紀念大會及新舊任會長交接

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山梨台灣總會於6月16日假山梨view hotel舉辦成立10週年紀念大會及新舊任會長交接,台北駐日經濟文化代表處沈斯淳代表伉儷、代表室秘書王建華、橋務組秘書文君妃、僑務委員河道台、山梨縣縣知事橫內正明、笛吹市市長倉嶋清次、甲斐市市長保坂武、山梨縣議會議員土橋亨、東京華僑婦女會名譽會長羅王明珠、台灣同鄉會會長蘇成宗、媽祖會會長曾鳳蘭、東京台灣商會議所會長錢妙玲始、客家文化協會邱泱棟夫婦、佛光山神奈川分會會長何維寧等貴賓及該會理監事、日本友人約150人應邀出席。

大會開前首先播放該會10年來發展歷程,由理事曾麗俐精心編製的影片,呈現出該會對地方及國際交流所做的貢獻,續由現任會長陳秀錦致詞感謝理監事2年來對總會的支持及鼓勵,沈代表及日方貴賓應邀致詞紛紛表示山梨與台灣交流密切,也感謝山梨台灣總會在前任趙世安、鄭玉蘭及陳秀錦會長的犧牲奉獻,亦盼新任余麗玉會長帶領理監事為促進台日交流繼續努力,並在全場貴賓見證下新舊任會長完成交接儀世,紀念大會上亦安排日本天雷太鼓、原住民舞蹈團山地舞及旅日歌手寒雲的歌曲表演,精彩的演出,獲得與會人員熱烈掌聲,場面熱烈溫馨,全部活動至下午2時許圓滿結束。

新舊會長交接 左起:陳秀錦 右起:余麗玉
新舊會長交接 左起:陳秀錦 右起:余麗玉
合照
合照

 

埼玉台湾総会第八届第一回理監事会議が開催

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会場の様子
会場の様子
林月理会長が最初に挨拶
林月理会長が最初に挨拶

埼玉台湾総会は、6月16日、第八届第一回理監事会及び懇親会を埼玉県・新座市内(林会長宅)にて開催した。顧問、名誉会長、会長、副会長ほか幹事、理事など20人が出席した。

頼浩生副会長が開会を宣言すると、林月理会長が最初に挨拶し「埼玉台湾総会は、食べて飲んで帰るだけの僑会にはしたくありません。本当に社会に貢献できる温かみのある僑会にしたいと思います」と決意を述べた。

佐久間寛明氏が議長に選出された
佐久間寛明氏が議長に選出された

次に役員、幹事、理事などが紹介され、頼副会長の推薦で佐久間寛明氏が議長に選出された。佐久間議長の進行で4件の議案が審議された。1つは9月16日の敬老の日のボランティア活動(鍼灸治療・マッサージ)、2つ目は今年の国慶節の活動、3つ目は来年2月の僑務委員会春節文化訪問団への協賛、4つ目が来年7月の日本中華連合総会が主催する世界華人大会への協賛について、だった。

1つ目は原案通り可決。2つ目の国慶節の活動については、林会長から10月6日浦和駅パルコ前の広場で国際交流を目的とした「台湾祭り」開催の提案があった。また、同日毎年実施される東京中華学校での国慶節祝賀会との兼ね合いについて、出席者の意見を求めた。代表処及び各華僑団体役員等の出席などが議論されたが、開催することに決定。3つ目の僑務委員会春節文化訪問団への協賛については、賛否両論があった。埼玉台湾総会のこれまでの実績への評価は高く、協賛依頼の状況を鑑みながら会長が判断することになった。4つ目は協賛が決まった。

鈴木正人議員(志木市選出)
鈴木正人議員(志木市選出)
菅原文仁議員(戸田市選出)
菅原文仁議員(戸田市選出)

昼前に、埼玉県議会議員の鈴木正人さん、菅原文仁さんが来賓として駆けつけた。鈴木議員は、昨年12月、埼玉県議会に超党派の日台友好議員連盟が結成された経緯を説明するとともに、「94人中、約60人の議員に入っていただき、過半数に達しました。日中、日韓議員連盟が退潮ぎみなのに対して“日台”は時代の流れに沿っているのではないか」と述べ、今年中か来年早いうちに台湾を訪問する予定だとした。一方、菅原文仁議員は、日本の教科書における台湾表記(中国の一部)問題への取り組みを報告した。

集合写真
集合写真
懇親会開催
懇親会開催
林悦子さんによる恒例の二胡演奏
林悦子さんによる恒例の二胡演奏

正午過ぎ、一同は記念撮影を行い、その後、懇親会となった。美味な台湾料理に舌鼓を打ちながらの和やかな歓談、交流が続き、余興として林悦子さんによる恒例の二胡演奏(台湾民謡)も披露された。こうして、埼玉台湾総会第一回理監事会議は、盛況のうちに午後2時前に散会となった。

許世楷元代表講演「台日関係から台湾の前途を考える」が開催

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日本李登輝友の会が主催した第8回台湾セミナーで「許世楷先生 台日関係から台湾の前途を考える」と題した講演
日本李登輝友の会が主催した第8回台湾セミナーで「許世楷先生 台日関係から台湾の前途を考える」と題した講演

日本李登輝友の会が主催した第8回台湾セミナーで「許世楷先生 台日関係から台湾の前途を考える」と題した講演が6月15日、都内で開催され、約100人ほどが集った。

柚原正敬事務局長
柚原正敬事務局長

柚原正敬事務局長は、開会に当たり、「台湾人が正面切って『私は台湾人だ』と言える日、台湾と国交を樹立できる日はいつ来るのかといったテーマについてお話いただけると思います」と述べた。

澤英武常務理事
澤英武常務理事

次いで澤英武常務理事は、オバマ大統領と習近平国家主席の会談の内実、TPP問題への中国の対応などに触れて、日本は対中国との関係でそれほど心配する必要はなく、今日は、台湾国内の馬英九政権の支持率低下の背景などについても伺えればと思う、と開会を宣言した。

許世楷元代表
許世楷元代表

登壇した許世楷氏(元台北駐日経済文化代表処代表)は、財団法人交流協会が毎年実施している「台湾における対日世論調査」を例に挙げて、「台湾を除き、あなたの最も好きな国(地域)はどこですか?」という質問に対し、「去年は一番目が日本41%、二番目がアメリカと中国が8%だった」とし、一番目と二番目の差が大きいこと、また、東日本大震災時の200億円を超える義援金を例に台湾人の親日度の高さに言及した。

また、今年、3月11日の政府主催の東日本大震災2周年追悼式典で、国名を読み上げる指名献花の列に台湾代表が加えられたことについて、安倍政権との政治的なやりとりと意義、今年4月10日の日台漁業協定締結の背景には台湾人の“親日資源”が影響していること、台湾の今後の行く末に関し、中国の一部になる道、台湾が独立国家になる道、と2つの方向性をシミュレートしながら、中国の一部になることへの反発は強いものの国民の危機感が乏しく、一方、台湾独立の道もまた難しい問題を孕むが、選挙で勝利し、国連に台湾名義で参加する、新生国家を目指す道もあるので

はと提言した。

梅原克彦常務理事
梅原克彦常務理事

講演終了後、閉会の挨拶に立った梅原克彦常務理事は、「現在、日本版台湾関係法を作っており、議員立法として成立を目指していきたい」と語った。

地震大国台湾は過去から何を学んだのか

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「最初は小刻みな揺れだったが、突然時計回りに大きく揺れた」台北市内に住む男性は、6月2日台湾中部の南投県仁愛郷を震源とするマグニチュード6.3の地震発生当時の様子をそう語る。最大震度は雲林県草嶺で震度6(台湾基準)。南投県日月潭、彰化県二水、彰化市、嘉義県阿里山、嘉義市、台中市大肚、台南市では震度5が観測されたほか、台北や高雄でも震度3を観測した。この地震の影響で4人が死亡、19人が負傷した。また、各地で落石や大規模な土砂崩れが発生、道路や鉄道が寸断された。中央気象局によれば「今年最大の地震」だと言う。しかし、これだけの規模の地震でありながら被害が最小限に抑えられたことは、過去に同地域で発生した大きな痛みを乗り越えた結果だと言えるだろう。

 

フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界に位置している台湾は、ほぼ毎日のように地震が観測されている。6月2日の地震の震源域では今年3月27日にもマグニチュード6.1の地震が発生している。台湾最大の被害を出したのも、この中部地方である。日本統治時代の1935年4月21日に発生したマグニチュード7.1の新竹台中地震。3000人以上が死亡、50000戸の建物が全半壊した。苗栗県三義郷にはこの地震で崩落した縦貫線の赤れんがアーチ橋遺構「龍騰断橋」があり、地震の脅威を今に伝えている。「老台北」こと蔡焜燦著「台湾人と日本精神」の中に登場する「君が代少年」の逸話があった地震と言えば、ご存知の方も多いはずだ。

 

戦後最大の地震は1999年9月21日に発生した921地震(台湾大地震)である。震源は南投県集集鎮で、6月2日と3月27日、双方の震源から20kmも離れていない。マグニチュード7.3、死者・行方不明者2400人、10万戸の建物が全半壊した地震は、今でも台湾人の記憶の中に強烈に焼き付いている。最大震度である震度7を観測した南投県魚池郷で被災した男性は「あたかも誰かが家を手に持って、左右に揺さぶったような感じだった」と揺れの激しさを語る。被災後は、家にある全ての家具を固定し、倒れやすいものを高所に置かないように心掛けた。「震災以降、防災に対する意識は高まった」と言う。

 

一方、地震で下層階が崩落し、80人が亡くなった台中市大里区の大型マンション「金巴黎社区」で被災した女性は「住んでいた棟は倒壊こそ免れたが、全ての部屋のドアが開かなくなり、全て壊して外へ出た。マンションのエントランスが倒壊し、塀を乗り越えて敷地外へ避難した」と話す。後になって鉄筋コンクリートの柱の中にドラム缶がつめられていたなど、手抜き工事が倒壊の原因であることが明らかとなった。震度4を観測した台北市で倒壊した東星ビルも同様だ。87人が死亡・行方不明となったこのビルは、倒壊後の調べで、設計不良と建材の強度不足が明らかとなった。

 

6月2日の地震で建物の被害が少なかったのは、1999年の921地震で耐震強度の低い建物が軒並み倒壊し、その後再建された強固な建物が揺れに耐えたことが理由の一つとして挙げられるだろう。この点は、今年4月20日、中国四川省芦山で発生した地震で、2008年5月12日の汶川地震後に再建された建物にも被害が生じたことと対照的である。台中市や南投県など921地震の被災地では震災後、地震によって隆起した逆断層を保存する教育公園が整備された。また、倒壊した廟や傾いた鉄塔がそのまま残されている場所もあり、地震の記憶を後世に伝えている。

 

しかし、台湾全土で防災意識が浸透しているかと言えば、決してそうではないだろう。苗栗市に住む男性は防災に関して「特に何もしていない」と話す。台北市の別の男性も「地震は恐いけれど、家族で話し合う機会もない」と、消極的な態度だ。「熱しやすく冷めやすい」と言われる台湾人の性格。もし別の場所で、同規模の地震が発生した際、被害が最小限に抑えられると言う保証はない。台湾に住む一人一人が、過去の経験から学び、予期せぬ災害に備えることが重要であろう。6月2日の地震で被害が少なかったのは、単なる偶然ではないことを祈りたい。

日台中小企業商談会で新たな市場獲得に活路

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経済部中小企業処は6月15日、台北市内で「日台中小企業医療及びデータサービス産業商談会」を実施した。高レベルな技術とサービスを持つ日本企業と、アジア諸国にネットワークを擁する台湾企業の交流の場とあって、会場には新たなビジネスチャンスを求める多くの参加者が集まった。

 

商談会参加者ら。
商談会参加者ら。

 

経済部中小企業処蘇文玲組長は挨拶の中で、中小企業処は二年前から日台中小企業の協力促進に取り組んでいることに言及し、「既に10億元規模の取引が行なわれている」とした上で、「不景気の中でいかに各国に利益を産み出し、台湾と日本の中小企業が共に発展できるか」、「台湾と日本の中小企業が協力し、第三国市場に進出したり、技術的な協力によって双方の中小企業がいっそう発展することを願っている」と述べ、商談会を通じての経済協力拡大に期待した。

 

会場の様子。
会場の様子。

 

医用工学研究所北岡義国代表取締役社長は、医療用情報管理システムを持ち込んで参加。既に中国河南省鄭州でシステムの輸出に取り組んでいるが、台湾を足がかりにさらなる発展を視野に入れていると言う。チャイナリスクに対しての憂慮はあるかと言う質問には「日本国内にいるだけの方がリスクだ」、「台湾で成功すれば、他の地域でも問題はないだろう」と答え、海外進出に積極的な姿勢を見せた。また、東海美商の美島二三夫代表取締役は、妊婦や幼児でも飲める安心安全で効果の高いコラーゲンを武器に参加。自身の体験談をユーモアたっぷりに披露して会場の注目を集め、その後の商談会では予定時間を大幅にオーバーするほどの活発な話し合いが行なわれていた。

 

ただ、日本の技術やサービスを海外輸出する際には、現地の人材やハード面もその技術やサービスを受け入れられる体制が整っていなければならない。個人や法人の海外進出をサポートする国際傑人教育基金会は医療方面での人材支援と育成に積極的だ。左保常夫理事長は、台湾、香港、中国大陸では、高レベルの医療従事者が圧倒的に不足している点を指摘。既に台湾の第一線で活躍している優秀な人材を次世代のリーダーとして日本の医療系専門学校に留学、育成させるプロジェクトを提案する。商談会でも、台湾と福建省福州で教育関係の交流プラットホームを展開している会社が訪れ、協力の可能性を探った。医療方面でのサービス拡大を視野に入れていると言うこの会社は、日本、台湾、中国の三ヶ国が繋がることで、情報や技術の交流が円滑に進めば、と話す。

 

国際傑人教育基金会左保常夫理事長。
国際傑人教育基金会左保常夫理事長。

 

中華亜太中小企業合作促進会周幸誼さんの話によれば、経済部主催の大規模な日台中小企業商談会は初めての試みだと言う。しかし台湾企業の反応は大きく、事前申し込みを上回る参加者が訪れていた。経済部は今後も日台中小企業の協力、交流促進を働きかけたいとしている。

大阪中華學校六十七週年校慶園遊會

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大阪辦事處處長黃諸侯到校視察
大阪辦事處處長黃諸侯到校視察

校門口國旗飄揚,大阪中華學校於6月9日舉辦慶祝創校六十七週年校慶園遊會,邀請家長、校友、僑胞、日本友人到校同歡慶賀。各班教室在同學們巧思布置下五彩繽紛、喜氣洋洋。教室走廊上擺滿家長、同學親手製作的刮包、大腸麵線、水餃、茶葉蛋,綠豆湯等日本難得一見的家鄉小吃及點心,還有跳蚤市場及學生的創意遊戲區。由於賣出所得歸各班班費,各班使出全力叫賣,校園裡充滿歡樂氣息。

 

教室化身小吃店
教室化身小吃店
家長忙着製作小吃
家長忙着製作小吃
走廊風景
走廊風景

駐日代表沈斯淳贈花籃致賀。大阪辦事處處長黃諸侯到校為同學們打氣,並監交理事長交接儀式。學校所在地的大阪市浪速區區長玉置賢司及多位理事到場觀禮。黃處長期許大阪中華學校在新理事長羅辰雄帶領下,校務蒸蒸日上,培養更多貢獻社會的人才。羅理事長認為,大阪中華學校創校六十七年以來,培育無數傑出校友,深信不遠的將來,校務必定更加發展,肩負起更大的使命。浪速區長玉置賢司說,將在行政上將盡全力配合學校提供完善的教育環境。

 

黃處長監交理事長交接、新理事長羅辰雄(左)、黃處長(中)、理事長代行洪勝信(右)
黃處長監交理事長交接、新理事長羅辰雄(左)、黃處長(中)、理事長代行洪勝信(右)
理事會與來賓合影
理事會與來賓合影

 

每年的校慶園遊會不只全校師生,也是畢業生及僑胞最期待的日子。校長陳雪霞說明舉辦園遊會的用意:希望家長與老師、學生齊心融為一體,讓學生們從模擬商店中學習分工合作,熱心的校友有機會回來與學弟妹互動、也提供僑胞相聚、品嚐家鄉小吃的園地。僑校不僅是孕育中華文化的地方,也是凝聚僑心,化解鄉愁的地方

湾生の魂を顕彰「東京台湾の会」喜久四郎会長の叙勲を祝う会が開かれる

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喜久四郎氏の受勲(賞状と勲章)
喜久四郎氏の受勲(賞状と勲章)
記念撮影
記念撮影
呉正男発起人代表
呉正男発起人代表

東京台湾の会有志が発起人となって、6月14日、都内ホテルで喜久四郎叙勲祝賀会が開催された(※1)。参加者全員の記念写真撮影後、開会。呉正男さんが発起人代表として祝賀会開催の経緯を説明し、「素晴らしい準備をしてくれた担当者に感謝します。(会長の意志にそって身内だけの)ささやかな祝賀会が実現できたことを嬉しく思います」と述べた。

台湾協会齋藤毅理事長
台湾協会齋藤毅理事長

来賓祝辞として台湾協会齋藤毅理事長が挨拶した。齋藤氏は、喜久氏の叙勲を祝いながら、長年の教員生活に敬意を払いながら、「実は、私は昭和19年(1944年)に喜久四郎会長(※2)の母校である台北師範学校の附属国民学校に入学しました。同年、喜久会長はすでに国民学校に赴任しており、もう1,2年早く生まれていれば喜久会長の謦咳に接することができました」と悔しがった。

元台北師範学校芳蘭会(同窓会)事務局長の荘樹春氏が祝辞を代読
元台北師範学校芳蘭会(同窓会)事務局長の荘樹春氏が祝辞を代読
記念品贈呈
記念品贈呈

この後、サプライズがあった。喜久会長の母校である現・国立台北教育大学の張新仁校長から祝辞と記念品が贈呈され、来日できない張校長に代り、元台北師範学校芳蘭会(同窓会)事務局長の荘樹春氏がこの大役を担った。

続いて喜久会長の経歴を山下越子理事が紹介。これを受けて喜久会長は、子供時代、標高2000mの山で生活し、理科の授業でトロッコに乗って下山し、1日がかりで仏桑華(ハイビスカス)を観察したことなどを紹介するとともに「(終戦で)初めて日本の土を踏んだ時は私には異国(情緒)でした」と振り返った。

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京台湾の会の松澤寛文理事より、お祝いの贈呈、祝電披露が行われた
三宅教雄顧問が乾杯の音頭を取った
三宅教雄顧問が乾杯の音頭を取った
元交流協会高雄事務所長喜田修氏
元交流協会高雄事務所長喜田修氏
台湾物産館藤田克己社長(池栄青果株式会社社長)
台湾物産館藤田克己社長(池栄青果株式会社社長)
日本李登輝友の会柚原正敬事務局長
日本李登輝友の会柚原正敬事務局長

東京台湾の会の松澤寛文理事より、お祝いの贈呈、祝電披露が行われた後、同会三宅教雄顧問が乾杯の音頭を取った。和やかな歓談のなかで、元交流協会高雄事務所長喜田修氏、台湾物産館藤田克己社長(池栄青果株式会社社長)、日本李登輝友の会柚原正敬事務局長がそれぞれ心温まるスピーチを行った。

 

バリトン歌手古川精一さん
バリトン歌手古川精一さん

 

喜久会長の子息、喜久豊氏
喜久会長の子息、喜久豊氏

余興としてバリトン歌手古川精一さんが「仰げば尊し」、「ベートーヴェン合唱曲『歓喜の歌』(交響曲第九番・第4楽章)を熱唱した。この後も台湾協会根井洌常務理事、不破光一氏(明石会)などスピーチが続き、終盤には喜久会長の子息、喜久豊氏が挨拶、さらに喜久会長が「台湾行進曲」を歌い、会場は大きな拍手に包まれた。

中締めの挨拶は中島欽一元理事
中締めの挨拶は中島欽一元理事

中締めの挨拶は、中島欽一元理事、閉会の挨拶は、多井昭憲事務局長が行った。

※1喜久四郎氏は岐阜県下呂市教委の推薦により、今春の叙勲者に選ばれ、「瑞宝双光章」を受章された。

※2喜久四郎氏は、台湾原住民地区の警察官の5男として、1925年(大正14年)2月に生まれ、1932年(昭和7年)4月、太平山の日台共学の小学校に入学、寄宿舎生活。高等科卒業後台北第二師範学校(後に台北師範学校を経て、現国立台北教育大学)に進学(入寮)。1944年(昭和19年)日本人移民地区花蓮港区吉野村吉野国民学校に赴任。1944年9月、歩兵隊第304連隊に入隊、10月に台湾沖航空戦でアメリカ・グラマンとの応戦に参加。1945年8月、嘉義で終戦。1946年3月、基隆より引き揚げ船に乗り、広島に上陸。本籍のある鹿児島県奄美大島に向かうも占領下にあり、親戚を頼り岐阜県に。1947年(昭和22年)よりへき地を中心に教員生活に入る。群馬県前橋で2年、以後、1949年(昭和24年~1985年(昭和60年)まで岐阜県で教職を務めた。