ホーム ブログ ページ 978

那覇分處處長粘信士「台灣現況與台沖關係」

「那霸南區扶輪社」會長友利敏子致詞

 「那霸南區扶輪社」(會長:友利敏子)於5月14日中午假那霸市太平洋飯店舉行例會,邀請台北駐日那覇分處粘信士處長。粘處長以「台灣現況與台沖關係」為此會發表專題演講。粘處長首先介紹那霸南區扶輪社與花蓮港之扶輪社,預定6月16日訪台進行締盟35週年交流。繼表示馬總統在兩岸政策上主張「不統、不獨、不武」三不政策,符合我國民意,亦使我國得以與中國大陸進行良好互動,發展經貿合作關係。馬總統將於5月20日舉行就職宣誓,繼續帶領我國朝「黃金十年」之方向前進,兩岸關係亦將持續改善,對東亞地區和平穩定帶來貢獻。

粘處長發表專題演講情形

 在台日關係方面,馬總統於2008年執政以來台日關係發展迅速;2009年促成我國於札幌設辦事處、政治大學等5所院校,開設日本研究中心及實施台日打工渡假簽證措施等;2010年簽署台日強化交流合作備忘錄,雙方設定15項加強交流領域;2011年日本國會通過海外藝術品保障法案後,我國故宮文物將於2014年6月首度來日在國立東京博物館展出;另2011年9月簽署台日投資保障協定、11月簽署開放天空協議後,加速台日新航線之開航等,目前台日關係可謂40年來最為良好之時期。
 在台沖關係方面,去年八重山三市町村首長聯袂訪台進行觀光交流,並配合在台舉辦夏川里美演唱會,獲得廣大的迴響;沖縄縣仲井真知事也於去年及本年曾兩度率團訪台,參加「台琉論壇」及為響應台日開放天空協議赴華招商,促成4月14日我國華信航空首航台中-那霸航線;3月那霸市議會成立跨黨派「琉台友好議員聯盟」,獲全體議員參與,深信未來台沖關係仍在良好基礎上持續發展。

台北駐日馮寄台代表「日本再見!」ー確信克服大震災ー

0

台北駐日經濟文化代表處 馮寄台代表

「讀賣新聞」2012年5月16日
 50多年前,我隨同身為外交官的父親一起來到了東京,當時年齡恰與電影「永遠的三丁目的夕陽」中「鈴木汽車」的兒子「一平」相仿的小學生,學校的營養午餐、黑白電視、正在建造中的東京鐵塔等,皆是我年少時的回憶,我從未想過時隔半世紀後會再回到日本。
 四年前,馬英九總統擬任命我出任駐日代表時,我雖身為外交官,但從未接觸過日本業務,且長期離開日本因此幾度推辭。最後感於馬總統的誠意與對我的高度期盼,我以戰戰兢兢的心情來到了日本。轉眼間三年半過去了,我即將返回台灣。回顧派駐日本這段過程,反倒成了我三十多年外交官生涯中,最精彩的一段。
 中國有句名言,「天下沒有不散的筵席」,我雖將以萬般不捨的心情離開日本,但是衷心想說聲「謝謝日本」、「珍重再見」。
 在任期間,經常在日常生活中感受到日本的國民性。抵任初期,看到一起球敍的日本友人撿起打入水池中的高爾夫球,發現不是自己的球後,即把球丟回水池。我打遍世界各地的高爾夫球,從未見過此種現象,日本人的誠實,讓我驚訝。
 先父長年服務於日本,一定從未想過兒子會繼承衣缽來日本工作。最近一年多,我的女兒也在東京認真學習日語,我們馮家似乎已出現第三代與日本緣份。
 去年的東日本大震災,對我也是個巨大的衝擊,因大自然的猛威而喪失生活基礎的日本人,仍然相互關懷並且以公德為重,令我深深感動。看到父母雙亡的孩子們、失去老伴的老人家們,家人四散的寂寞與悲傷讓我多次熱淚盈眶。那時,正好日本女子足球代表隊獲得世界盃冠軍。即使是台灣人的我,看到電視播放的畫面,也不禁熱血沸騰。台灣的民眾在大地震發生後,立即對日本表達了深切的關注與支援,讓我以台灣人為榮。
 上個月正式受邀參加由日皇與皇后在「赤坂御苑」舉辦的「春季園遊會」時,天皇與皇后親自向我及內人說「謝謝台灣」,這是我外交官生涯中最高的榮譽。日本人是堅韌的民族,我堅信一定會勇敢的度過這次的震災。
 台灣與日本原本即有著特別的關係,馬總統推動兩岸和解的結果,台日關係出現了更多的進展,「台日投資協定」與「航空自由化協定」之簽署實現後,今後雙方的往來將更為緊密。相信在今年一月連任的馬總統領導下,台日關係必將持續穩固發展。

台北駐日經濟文化代表處代表 馮寄台

=====================================================================

さようなら、日本 —— 大震災克服を確信

 50数年前、外交官の父と一緒に東京に来た当時の私は、映画『Always 三丁目の夕日』の「鈴木オート」の息子、一平のような小学生だった。学校給食や白黒テレビ、建設中の東京タワーなど、いずれも私の少年時代の思い出と見事に重なる。その私が半世紀後に再び日本に戻ってくるとは夢にも思わなかった。
 
 4年前、台湾の馬英九総統は、私に駐日代表就任を要請した。しかし、私は外交官として日本との実務に携わったことはなく、長い間日本を離れており、固辞した。それでも、馬総統の熱意と要望は揺るがず、私は戦々兢々の気持ちで日本に着任したが、あっという間に3年半が経ち、まもなく台湾に帰ることになった。日本駐在を振り返ってみると逆に、私の30数年にわたる外交官の生涯で、最もすばらしい経験となった。
 
 中国語に「世の中に終わりのない宴はない」ということわざがある。まもなく、私は名残り惜しい気持ちで日本を離れるが、心より「ありがとう日本」、そして「お元気でさようなら!」と言いたい。
 
 在任中には、日本人の国民性を日常生活においても実感した。着任してまもなくの頃、ゴルフのプレー中に池に落ちてしまったボールを拾った日本人の友人が自分の物ではないとわかると、そのボールを池に戻した。私は世界各地でゴルフをしてきたが、こんな光景を見たのは初めてで、日本人の正直さに驚いた。
 
 亡父は長く日本で勤務したが、まさか息子が自分の後を継いで、日本で働くことになるとは思わなかっただろう。この一年あまりの間、私の娘も東京で日本語を一生懸命に学んでおり、我が馮家には三代にわたり日本と縁ができたようだ。
 
 昨年の東日本大震災は、私にとっても最大の衝撃だった。自然の猛威により、生活基盤が失われた中での日本人の思いやりと公徳心に深く感動した。両親を亡くした子どもたち、長年連れ添った相手を失ったご老人たち、離ればなれになった家族の悲しみを思うと、私は何度も涙があふれてきた。そんな時に「なでしこJAPAN」がワールドカップで優勝した。台湾人の私でさえも、テレビに映し出された勝利のシーンに、思わず胸が熱くなった。台湾の人々が、大震災発生直後から義援金集めなど被災者支援に乗り出したことに、私は台湾人として誇らしく思った。
 
 先月、赤坂御苑で開かれた「春の園遊会」に招かれ、天皇、皇后両陛下から「台湾ありがとう」とお言葉をかけていただいたことは、私の外交官人生における最高の栄誉だった。日本人は強くたくましい民族である。この大震災を必ずや乗り越えるものと固く信じている。
 
 台湾と日本はもともと特別な関係にあり、馬総統が両岸(台湾―中国大陸)の和解を推進してきた結果、台日の関係はさらに多くの進展を見た。台日投資協定や航空自由化協定の締結も実現し、今後ますます人的往来が緊密になるだろう。今年1月に再選を果たした馬総統のリーダーシップのもとで、今後も台日関係は引続き力強く前進していくものと確信している。

外国籍人材への就労ビザ、発給条件緩和へ —台湾

0

 
 台湾で働く外国人労働者についての政策を議論するために行政院労工委員会(労工委)が開いた会合で、優秀な人材を台湾にとどめる策の一つとして就労ビザ発給条件の緩和を承認。台湾で教育を受けた外国籍のホワイトカラーの就労ビザ発給条件が、7月にも緩和される見通しとなった。それにより、台湾の大学を卒業した外国籍の人材は、就業経験がなくても就業できるようになる。
 
 労工委の職業訓練局によると、現行の就労ビザ発給条件では、2年間の就業経験が必要。月給の最低基準は4万7,971台湾元(約13万円)と定めているが、条件緩和によって、台湾の大学を卒業した外国人および華僑学生については、職業経験の条件を免除し、最低賃金を3万7619台湾ドル(約10万円)に引き下げる。新条件は今年6月の卒業生への適用に間に合うよう、7月の導入を目指す。
 

馬総統、国民支持率12位で日本の15位を上回る

 
米ギャラップ社は11日、アジアにおける政治指導者の支持率についての調査結果を発表した。それによると、台湾の馬英九総統の支持率は54%で12位、日本の野田佳彦首相は44%で15位という結果になった。
 
 調査は、アジアの21カ国・地域から15歳以上の人それぞれ約1000人を対象に昨年4月5日~12月4日にかけて実施されたもの。
 
 上位5位は上から順に、ラオスのチュンマリー・サイニャソーン国家主席(97%)、カンボジアのフン・セン首相(93%)、スリランカのマヒンダ・ラージャパクサ大統領(91%)、シンガポールのリー・シェンロン首相(84%)、フィリピンのベニグノ・アキノ3世大統領(80%)。
 

台湾 走行中のハンズフリー非対応携帯等の利用禁止へ

 
 台湾・立法院は8日、車やバイクの走行中、手で持つ方式での携帯電話(コンピューターやそのたの類似装置も含む)使用を禁ずる道路交通管理処罰条例の修正案を可決した。
 
 違反した場合の罰金は、車が3000元(約8200円)、オートバイが1000元(約2700円)となっている。
 

我國監察院黃委員煌雄訪沖聽取228事件相關人員家屬心聲

0

 

監察院黃委員煌雄與228事件琉球相關人員家屬合影

 我國監察院黃煌雄委員同台北教育大學楊孟哲教授等一行,於5月12日前往沖繩,聽取二二八事件相關家屬心聲及白色恐怖時期台灣人民流亡琉球與那國島之狀況。隔天在駐那霸辦事處的協助安排之下,黃委員一行於5月13日上午在該處會議室舉辦座談會,應會出席有沖繩大學教授又吉盛清、二二八事件相關家屬、當地媒體人士,駐那霸辦事處粘信士處長及同仁。
 黃委員在座談會中,聽取了琉球二二八事件相關人士的說明,並接受該等人士提供之資料。黃委員也特別表示,我國朝野政黨對於二二八事件之真相及賠償問題等相當之關心,首次以政府官員身份來關心其事件,即證明我國政府對本案之重視以及我國在民主、人權領域之長足發展,黃委員並允諾將此行蒐集之資料,再進行進一步之檢討工作。
 座談會尾聲,沖繩大學又吉教授對於黃委員親自訪沖關心二二八事件琉球相關人士之現況表示感謝,認為黃委員此行訪沖更加助提升台沖雙方之實質關係。此外,二二八事件琉球相關人員家屬均對本日得以親向黃委員說明表示感謝,圓滿結束本日之座談會。

台湾番薯救扁聯盟が会合を開催

0

 

発起人の高本謹有氏

5月13日帝国ホテルで、台湾番薯救扁聯盟の総会が開催された。この団体は、元台湾総統で現在台北監獄受刑者の陳水扁氏の救助を目的として結成された。発起人は千葉県四街道市にある総合病院、大日病院の理事長で医学博士の高本謹有氏。
陳水扁氏は民進党出身の政治家。直接選挙で選ばれた2人目の中華民国総統で、民進党から初めて選出された総統でもある。総統を2期8年務めたが、2008年の総統退任後、総統府機密費流用のスキャンダルが陳氏を襲う。2011年8月26日、台北高等法院で差戻審判決があり、機密費流用事件について逆転無罪判決を下した。しかし、機密費に関する文書偽造罪で懲役1年8ヶ月、マネーロンダリングについては懲役2年となり、総合すると、陳は懲役2年8ヶ月および300万元の罰金となった。現在は台北監獄に収監中で、体調不良も伝えられている。
当日は、日本台湾医師連合会長、中山博雄氏はじめ日台交流會会長、渡邊隆など在日台湾人や台湾と深い関係のある日本人など、合わせて30人以上が出席。また、台湾のケーブルテレビ局、台湾番薯電視台の執行董事、王亞倫氏がスタッフと共に来日し今回の総会を取材した。
会員は皆同様に、陳氏の早期釈放を願っていた。

救扁聯盟メンバーのみなさん