台南で “絆の桜” 植樹へ
台湾との文化交流事業などを行う日本の団体、日台スポーツ・文化推進協会は、震災で約200億円の義援金を贈ってくれた台湾の人々に感謝の意を示すため、「絆の桜」と名付けた桜の苗木を台南市で植樹すると発表した。
4月14日に同市で植樹式を開催、日本からの参加者を募集している。同協会によると、苗木は台湾桜に日本の河津桜を接ぎ木したもの。八田與一記念公園及び烏山頭ダム周辺に約200本植え、植樹式参加者名を記した石版も設置するという。
日本国内の旅行会社各社が「絆の桜」植樹イベントを組み込んだツアーを販売している。
▽詳しくは「日台友好 ”絆の桜” 植樹プロジェクト」まで。
http://sakura.strongheart.jp
第6回 チャリティ健康まつり開催

3月15日、越谷の越谷サンシティ大ホールで『第6回チャリティ健康まつり』が開催された。このイベントは、越谷で医療法人健身会を運営するCEO医学博士、周東 寛氏が毎年主催しており、今回が6回目。
周東氏は台湾高雄市の出身。予防医学の権威でテレビ出演は60回におよび、著作も数多く出版している。
「このイベントは当初、父母の希望で始めました。以前、プロの歌手を養成する人が肝臓がんと診断されたのですが、その人がカラオケが健康に良い、免疫力を回復するとおっしゃいました。それに父が共鳴し、始めたものです」カラオケで免疫力が回復し、余命3か月と言われた人が、7年生き永らえた例もあるという。
最初のころは、越谷サンシティの小ホールで開催していたが、父親の死去により2年中断していた。しかし、周囲の人たちの声に押され、再開を決意。第4回目からは約2千人が収容できる大ホールでの開催となった。
開催時間が午前11時から午後7時までと比較的長時間のため、来場者は自分の好きコーナーの時間に来て、それを見終わると退場する。入場料が無料のため、再入場も可能。
「午後の私の講演を聴くために来る人もいれば、朝から一日会場にいる人もいます。それなので、入場者の累計は2千500人以上になります。昨年は1300人でした。入場者は毎年増えています」
周東医師は、歳をとることは素晴らしいことだと強調する。
「歳をとったからといって、がっかりしてないで頑張ろうと言いたい。寝たきりにならないで、溌剌と長生きをしてほしいのです」
日本人の死因トップのガンについては、
「予防と早期発見が重要です。進歩した現代医学なら、早期発見したガンは100%治ります。症状が出てからでは、遅いのです。症状が無いうちに発見するようにしましょう。今日の観客の皆様は、私の医院で人間ドッグを10%引きで受けられます。うちには米国の最新医療設備が整っています」
さらに周東医師は、
「日本と台湾の人に、医師として奉仕しながら生きていきたい、日台の橋渡しをしたいと思っています」と熱意を込めて語った。
イベントは、黒川泰子さんやみち乃く兄弟などプロの歌手4組と歌謡教室の先生方、一般参加の人たち70人がカラオケを熱唱。周東医師がステージに立ち、プロ顔負けの歌唱力を披露すると一気に会場は盛り上がった。
周東医師は、歌と講演会で最後までイベントに参加。60歳とは思えない体力と気力で、観客全員に元気を与えていた。
観客の人たちも「先生に元気を頂いた」「歳をとることは素晴らしいことだと分かった」と感想を述べていた。
日本のヴォーカルユニットが台湾で無料ライブ


北海道出身の女性3人組ユニット「Super Pants」(スーパーパンツ)が、東日本大震災に対する台湾からの支援に感謝しようと、台湾各地で無料ライブを行った。
「台湾多謝公演~ご縁でありがとうコンサートin台湾」と題した同ライブは、台北駐日経済文化代表処札幌分処(中華民国の日本出先機関札幌事務所)などの協力を通じて実現した。10日に台北で無料ライブを実施し、次いで、高雄(11日)、台中(12日)、苗栗(13日)を経て、昨日台北に戻り最終日を迎えた。
「Super Pants」は2008年に結成されたヴォーカルユニット。3人はこれまで台湾のことをよく知らなかったが、震災発生時の台湾からの素早い支援や、台湾のテレビ各局のチャリティー番組放送等で台湾に強い関心を持つようになったとのこと。
二人三脚ギネス挑戦 台湾で150人募集
交通部観光局は12日、日本青年会議所が6月に予定しているイベントでギネス記録に挑戦するため、参加メンバーを台湾から募集すると発表した。
日本青年会議所東海地区協議会が主催する恒例の洋上研修活動、青年の船「とうかい号」は、6月5日に台湾に入港したあと(弊社過去ブログ参照「とうかい号」約400人を乗せ、6月に台湾へ)、台北市内の観光河濱公園で600人で脚をつなぐ「600人601脚」に挑戦し、ギネス記録を目指す。
同イベントは、東日本大震災で多くの支援を寄せた台湾への感謝を示す記念活動として企画されたもの。日本青年会議所のメンバー450人が参加し、残る150人は台湾で募集することとなった。




























































