大阪台灣同鄉會訪安養中心 贈輪椅交流做公益

大阪台灣同鄉會贈送15台輪椅 與安養中心工作人員合影
大阪台灣同鄉會贈送15台輪椅 與安養中心工作人員合影

繼去年參與河川清掃踏出社會公益的第一步後﹐5月30日大阪台灣同鄉會會長謝美香帶領十多位成員,偕同旅日二胡演奏家魏麗玲師生所組成的『玲子樂坊』來到位於堺市的安養中心「おおみの」與長輩們進行交流,並贈送15台輪椅及粽子。

 

設施長佐佐木晴美(左3)贈感謝狀及花束
設施長佐佐木晴美(左3)贈感謝狀及花束

玲子樂坊師生合奏『青色山脈』、『瀨戶花嫁』、『夜來香』、『故鄉』等多首耳熟能詳的台日名曲,身著紫色背心的大阪台灣同鄉會會員們以歌聲及簡單手語帶動氣氛,在場的長輩們輕打拍子,陶醉在樂聲當中。最後在魏麗玲優美琴音伴奏下,謝會長以一首『何日君再來』和大家相約下次再見,歷時一個多小時的交流會在琴聲與歌聲中圓滿結束。設施長佐佐木晴美說,此次大阪台灣同鄉會的訪問內容非常棒,看到長輩們隨著曲子輕唱神情愉悅,有位台灣出生的長輩更是開心地說起曾經在台灣度過的時光,歡迎大阪台灣同鄉會再次來訪。

旅日二胡演奏家魏麗玲師生所組成的玲子樂坊 演奏多首台日名曲
旅日二胡演奏家魏麗玲師生所組成的玲子樂坊 演奏多首台日名曲

 

會長謝美香與長輩互動
會長謝美香與長輩互動
大阪台灣同鄉會會員與在台灣出生的長輩相談甚歡
大阪台灣同鄉會會員與在台灣出生的長輩相談甚歡
交流會上 大阪台灣同鄉會成員以手語帶動氣氛
交流會上 大阪台灣同鄉會成員以手語帶動氣氛

連繫台灣鄉親情誼,協助政府落實國民外交,促進台日兩國友誼是大阪台灣同鄉會會長謝美香連任以來的目標。謝會長表示,第一次參訪老人院,看到長輩們陽光般的笑容,握手時緊緊的回應,感受到他們的歡喜,自己也非常感動,今後將繼續朝『台日民間交流』與『社會公益』兩大方向前進。副會長洪麗華也表示此次很高興能夠以行動回饋社會,看到老人家開心的樣子,心中無比的感動。

 

大阪台灣同鄉會與安養中心長輩及工作人員合影
大阪台灣同鄉會與安養中心長輩及工作人員合影

京都華僑總會會員大會 新會長魏禧之接棒 將擴大參與各項活動

京都華僑總會會員與來賓合影
京都華僑總會會員與來賓合影

京都華僑總會於5月29日在台灣料理『台北城』召開理監事會議及兩年一度的會員大會,來賓會員近30名到場,大阪辦事處處長蔡明耀伉儷、總務組長鄭景升、京都府議會日台親善協會會長植田喜裕、京都市會日台親善議員聯盟新會長小林正明等多位當地政要應邀出席。

理監事會議
理監事會議
駐大阪辦事處處長蔡明耀(左)與新會長魏禧之(右)、前會長張茂勳(中)
駐大阪辦事處處長蔡明耀(左)與新會長魏禧之(右)、前會長張茂勳(中)

 

京都華僑總會女性成員贈花束感謝前會長張茂勳18年來為該會的付出
京都華僑總會女性成員贈花束感謝前會長張茂勳18年來為該會的付出
會員大會
會員大會

會員大會前,在會長張茂勳主持下召開理監事會議,針對幹部改選、組團訪台拜會、雙十國慶慶祝酒會等事宜進行討論。副會長魏禧之在全體理監事推舉下,接任新會長一職,並在會員大會上發表新理監事名單,敦請前會長張茂勳擔任名譽會長繼續輔佐京都華僑總會會務。新會長魏禧之感謝前會長張茂勳過去18年來為京都華僑總會的付出,今後將以張前會長為目標,更加積極參與各項活動,目前計畫邀請大阪、神戶兩地僑團共同參加今年10月10日橫濱國慶遊行,明年一同組團訪問台灣。

懇親會上,張茂勳向大家報告京都府議會日台親善協會會長植田喜裕榮任第78屆京都府議會議長的好消息,植田會長與新任京都市會日台親善議員聯盟會長小林正明向所有會員致意,重申對台灣的重視與台日友好的重要,最後全場舉杯祝賀張前會長康復歸隊、新會長誕生以及植田會長榮任議長一職。

 

駐大阪辦事處處長蔡明耀表示,出身橫濱的新會長魏禧之不僅年輕有為,廚藝揚名海內外,與其父同樣支持政府熱愛中華民國,期盼京都華僑總會在他帶領下,繼續為增進僑胞福祉努力,結合僑界與當地主流社會加深台日兩國親善友好。

 

理監事會上通過成立臉書專頁( https://www.facebook.com/kyototaiwanese ),希望吸引更多年輕世代參與,讓更多僑胞、日本友人認識京都華僑總會。

橫濱駐處與台貿中心東京所長拜會靜岡縣廳 促兩地經貿交流

 為加強台灣與日本地方經貿交流,駐橫濱辦事處處長粘信士偕同台灣貿易中心東京事務所所長吳俊澤前往靜岡縣參訪,拜會該縣知事川勝平太與副知事大須賀淑郎、難波喬司和高秀樹等人,同時與靜岡縣國際經濟振興會(SIBA)專務理事青木昇和靜岡縣日華友好議員聯盟會長森竹治郎等人會面,向日方說明台灣加入國際民航組織(ICAO)、跨太平洋戰略經濟夥伴關係協議(TPP)和區域全面經濟夥伴協定(RCEP)等國際組織的必要性,盼能給予聲援,同時也就台灣和靜岡縣經貿交流事項進行意見交換。

 靜岡縣知事川勝平太表示靜岡縣為重視與台灣的各項交流,今年4月起台北事務所增派人員常駐台北,且去年底亦由副知事難波喬司率團考察台灣舉辦馬拉松賽事的情形,希望今後雙方可以將交流擴及體育層面。靜岡縣日華友好議員聯盟會長森竹治郎則指出2012年3月25日起靜岡和桃園間的定期航班開航之後,雙邊人員往來大幅增加,但森竹治郎也引用今年1月至4月間進出靜岡機場,且下榻靜岡縣內旅館的台灣旅客數據,他認為僅約13萬7千人次,尚有成長空間,希望雙方可以共同合作促銷台灣旅客到靜岡旅遊。副知事大須賀淑郎則希望可以儘早達成靜岡台北航線每日航班的目標。

駐橫濱辦事處處長粘信士(中)和台貿中心東京所長吳俊澤(左)與靜岡縣知事川勝平太(右)交流
駐橫濱辦事處處長粘信士(中)和台貿中心東京所長吳俊澤(左)與靜岡縣知事川勝平太(右)交流

 靜岡縣國際經濟振興會專務理事青木昇則提到該縣約有50家公司與台灣有經貿往來,亦有多家業者到台灣參展,對此,台灣貿易中心東京事務所所長吳俊澤應允今後與該會連繫並交換經貿資訊,同時也願意在靜岡縣召開貿易投資說明會,進一步行銷台灣。

 關於台灣加強對日食品實施檢驗一事,副知事高秀樹表示這對靜岡縣的「日本茶」可謂首當其衝,他認為雙方不應因少數不肖廠商的「偽造產地」而破壞互信關係,相信可在短期找出不肖廠商源頭,還正派廠商公道。駐橫濱辦事處處長粘信士則表示靜岡縣商工會議所等相關機關出具的產地證明,如需申辦認證手續,駐處會提供必要協助。

駐處處長粘信士偕同台貿中心東京所長吳俊澤拜會靜岡縣國際經濟振興會專務理事青木昇
駐處處長粘信士偕同台貿中心東京所長吳俊澤拜會靜岡縣國際經濟振興會專務理事青木昇
左起為:駐處處長粘信士、靜岡縣日華友好議員聯盟會長森竹治郎和台灣貿易中心東京事務所所長吳俊澤
左起為:駐處處長粘信士、靜岡縣日華友好議員聯盟會長森竹治郎和台灣貿易中心東京事務所所長吳俊澤

生涯台湾を愛し続けた画家、立石鉄臣氏の回顧展

 

台湾生まれで台湾と日本で活躍した作家・故立石鐡臣氏の回顧展「生誕110周年 立石鐡臣展」が5月12日より30日まで、銀座の泰明画廊で開催された。立石氏の没後、同氏のまとまった作品を日本で展示するのは初めて。同展では立石氏の戦後の作品を中心に、戦前の油彩・スケッチを合わせた40点余りを画廊の1階及び地下1階に展示した。

「生誕110周年 立石鐡臣展」が 銀座で開催
「生誕110周年 立石鐡臣展」が 銀座で開催

立石氏は戦前・戦中を通して台湾に滞在し、南国特有の風物を描いた画家として知られる。台湾最大の在野団体「台陽美術協会」の創設時には、唯一の日本人として加わるなど台湾美術界の発展に尽力した人物でもある。また、皇民化運動が激化する時代、台湾の伝統文化を護ろうと立ちあがり、日本人により創刊された雑誌「民俗台湾」の編集にも加わった経歴を持つ。さらに木版画の「台湾民俗図絵」を連載するなどの実績もある。台湾では「台湾のゴッホ」と例えられるほどの油彩画家として絶大な人気を誇ったが、日本ではその実績を正しく評価される機会はほとんどなかったと言える。

立石鐵臣「東門の朝」1933年 (提供:泰明画廊)
立石鐵臣「東門の朝」1933年 (提供:泰明画廊)

同展開催の意図は、泰明画廊の壇上正憲社長が台湾美術研究家の森美根子さんが立石氏について記した著書を読むなどして、立石氏の作家としての素晴らしさを再認識したことがきっかけ。「台湾では有名だが日本では埋もれてしまっているという事実がある。これは勿体ないことだ。是非多くの日本人に知って頂きたい」との考えから企画された。具体的な行動は、立石氏の遺族に連絡をとり、立石家に眠っていた作品を借り、その後作品を整理。開催までに約1年の期間を要したという。

泰明画廊の壇上正憲社長
泰明画廊の壇上正憲社長

なお、通常の展示会は1週間程度だが、今回は半月以上のロングラン。これについて壇上社長は「立石氏の台湾時代の作品は日本に引き揚げてくる際にしかたなく台湾に置いてきたという。そして今も行方不明だ。同展で多くの方にみて頂くことで何か台湾時代の作品の情報が得られるのではないかと思い、開催期間を通常より伸ばした」と話した。

 

 

遺族が語る、立石氏の描いたものとは

同展初日の12日には開幕式が行われ、立石氏の妻、長男、次男、孫などの遺族や関係者らが参加し開催を祝った。

左から、立石氏の次男・雅夫さん、妻・寿美さん、長男・光夫さん
左から、立石氏の次男・雅夫さん、妻・寿美さん、長男・光夫さん

長男の立石光夫さんは「父は同じことを繰り返すことを嫌い、時代の移り変わりと自身の環境及び心情の変化により、油彩やスケッチ、細密画、シュールなど様々な技法で描いてきました」と語った。光夫さんによると、立石氏は台湾時代、台湾の熱いパッションや南国情緒を表した油彩やスケッチをメーンの技法とし、日本帰国後はどこか孤独な心情を表すようなシュールな作品や日本一と自負していたという細密画が目立ったという。会場の入り口を入るとすぐ目に入る大きな絵画「春」(1974年)や「月に献ず」(1972年)は、立石氏のこれまで描いてきた画法の集大成ともいえる壮大な作品でもある。

立石氏の作品「春(1973年)」(提供:泰明画廊)
立石氏の作品「春(1973年)」(提供:泰明画廊)

さらに次男の立石雅夫さんは「父はどの時代、どの作品においても名もなき者のひとつの命を大切に描いてきました。昆虫の細密画は表面を描くだけでなく、その内に秘められた内部、そして命までを表現するため、じっくりと時間をかけて描いていたのを覚えています」と亡き父の絵画に対する情熱を披露した。

立石氏の細密画
立石氏の細密画

また、98歳の妻寿美さんは「夫は本当に台湾を愛していました。きっと台湾の穏やかで自由気ままな雰囲気が彼に合っていたのでしょう。ずっと台湾に居たいと思っていたと思いますよ」と話し、立石氏がどれほど台湾を愛した作家だったのかを語り、うっすらと涙を浮かべていた。

台湾プロ野球の投手コーチとして、元ホークスの養父鉄氏が活躍

台湾プロ野球の中信兄弟エレファンツはペナントレース開幕前に、春季キャンプで臨時投手コーチを務めていた元ホークスの養父鉄氏を正式に「投手コーチ」として迎え、その養父氏が指導力を存分に発揮している。

高い指導力に定評のある養父氏
高い指導力に定評のある養父氏

養父氏は、日本の亜細亜大学から社会人の強豪・日産自動車を経て、2001年に台湾の古豪・エレファンツに入団。台湾ペナントレースでは1試合16奪三振の記録を作るなど11勝10敗の2桁勝利、防御率2.21の好成績。台湾シリーズでも4試合に登板し2勝2セーブと「大車輪」の活躍でチームを優勝に導き、台湾シリーズの最優秀選手に選出、「ヤンフーティエ(養父鉄)旋風」を巻き起こした。

その年のオフ、ダイエーホークスにドラフト7巡目で入団、1軍登板は無く1年で戦力外通告。アメリカに渡りホワイトソックスと2005年までマイナー契約。その後、台湾でプレーするも故障の更なる悪化などもあり、2007年に引退。日本で野球塾を開校していたが、今年、台湾側の「日本から投手指導者が欲しい」という要望から、養父氏に白羽の矢が立った。

エレファンツの戦いに注目
エレファンツの戦いに注目

台湾メディアの羅記者は「中信兄弟の投手陣は、今年良くなかった。臨時コーチとして、かつて実績を持っていた養父氏を呼んだところ、指導内容と熱心さが評価され、そのまま投手コーチとして採用された」としている。養父氏は春季キャンプから特に若手に対して、身振り手振りを交えながら投球フォームについてなど、熱心な指導を展開していた。監督の謝長亨監督は「養父コーチは熱心な人物で、台湾で選手としての実績もある。日本人ならではの高い野球哲学も伝授して欲しい」と期待のコメントをした。今年の台湾プロ野球は、オープン戦の観客動員が史上最多となるなど、好調な滑り出しを見せており、ペナントレースでも、ファンからは高い注目が集まっている。

台湾文化センター移転記念「台湾ウィーク」で台湾の文化に触れる

「台湾ウィーク-台湾音像-」が5日間にわたり開催される(提供:台湾文化センター)
「台湾ウィーク-台湾音像-」が5日間にわたり開催される(提供:台湾文化センター)

台北駐日経済文化代表処に設置されていた「台北文化センター」が6月12日より港区虎ノ門ビル2階に移転し、名称も「台湾文化センター」と改め新たなスタートをきる。これを記念し、6月13日より同17日まで、同所の多目的イベントスペースにて「台湾ウィーク-台湾音像-」が行われる。同イベントは5日間に渡り、台湾の伝統文化における公演やトークライブ、「KANO 1931 海の向こうの甲子園」など台湾映画の上演会が開催されるなど、盛り沢山の内容となる。また、6月13日から8月12日までは写真展「古い写真を通して台湾を知る-台湾の懐かしい風景と人々の生活1930s~1970s-」が同所にて同時開催される。

詳細はこちら→http://jp.taiwan.culture.tw/

問い合わせ→台湾文化センター:03-6206-6180