「ご当地!絶品うまいもん甲子園」で台湾の“うまいもん”を発信

第3回「ご当地!絶品うまいもん甲子園」に、海外からの特別チームとして台湾チーム「國立旗山高級農工職業学校」が参加した
第3回「ご当地!絶品うまいもん甲子園」に、海外からの特別チームとして台湾チームが招待された

食を通じて農林漁業の大切さを伝え、高校生の夢を応援し地域を盛り上げ日本を元気にする事を目的として行われている第3回「ご当地!絶品うまいもん甲子園」に、今年は初めて海外からの特別チームとして台湾チーム「國立旗山高級農工職業学校」が招待された。台湾チームは審査対象外での出場だったが、10月31日に東京・銀座の東京ガスStudio+G GINZAにて行われた決勝大会では審査員及び日本の高校生チームに台湾の“うまいもん”として「百箱棺桶焼」を紹介し、ワールドうまいもん賞を受賞した。

 

台湾チームが披露した「百箱棺桶焼き」
台湾チームが発表した「百箱棺桶焼き」

「百箱棺桶焼き」は台湾・台南名物である、厚切りトーストをくり抜きシチューを入れ、パンでふたをした「棺材板」をもとに考えられた料理で、台湾チームはご当地の食材としてパッションフルーツをソースとして使用し、パンの中の具材は豚肉やブロッコリーを炒めて照り焼き味にして工夫していた。審査員らも日本では想像出来ない台湾ならではの料理に驚いた様子だった。

 

「百箱棺桶焼き」を試食する漫画家の附田祐斗さん(左)と発起人の藤田志穂さん(右)
「百箱棺桶焼き」を試食する漫画家の附田祐斗さん(左)と発起人の藤田志穂さん(右)

同企画は若者に食や農業へのきっかけを創る活動をしている藤田志穂さんが発起人となり農林水産省が主催している。台湾チームに対して藤田さんは「このうまいもん甲子園を世界に広げていく上で、1番の親日国である台湾から招待したいと思った。台湾チームの料理は最初フルーツを使うと聞いてビックリしたが、照り焼き味とマッチしておいしかった。今回は日本の同い年の子達が集まっているので、交流を築いて新しい発見をして欲しいと思う。来年も参加してくれるとうれしい」と話した。

 

藤田志穂さん(左1)と台湾チームの高校生(左から呉怡萱さん、許芷琳さん、孟雯鈺さん)
藤田志穂さん(左1)と台湾チームの高校生(左から呉怡萱さん、許芷琳さん、孟雯鈺さん)

台湾チームの高校3年生の学生らは「料理は高校1年生の頃から授業の中で勉強していた。今回は先生からこの活動の話しを聞いて、とても興味を持ち立候補した。日本の学生達の料理は味だけでなく、見た目もこだわっていて凄かった。自分たちに足りないものもわかったので次回後輩達が参加する時はアドバイスしてあげたい」とコメントした。

 

出場チームの特色ある品々
出場チームの特色ある品々

今年の審査員は藤田志穂さん、洋食料理家の三國清三さん、AKB48の横山由依さん、週刊少年ジャンプで料理バトル漫画「食戟のソーマ」を連載中の附田祐斗さんら。

審査員ら。(左から洋食料理家の三國清三さん、AKB48の横山由依さん、週刊少年ジャンプで料理バトル漫画「食戟のソーマ」を連載中の附田祐斗さん、発起人の藤田志穂さん、株式会社日本アクセスの中谷滋さん、東京ガスの工藤裕子さん
審査員ら。左から洋食料理家の三國清三さん、AKB48の横山由依さん、週刊少年ジャンプで料理バトル漫画「食戟のソーマ」を連載中の附田祐斗さん、発起人の藤田志穂さん、株式会社日本アクセスの中谷滋さん、東京ガスの工藤裕子さん

優勝は「鶏ちゃんライスバーガー」を作った岐阜県立郡上高等学校で、授賞式後は台湾チームの学生らと写真撮影などを通して交流していた。

台湾チームは優勝した岐阜県立郡上高等学校のチームとも交流を図った
台湾チームは優勝した岐阜県立郡上高等学校のチームとも交流を図った

 

「棺材板」とは?

台南の名物。夜市などで販売されており、1つ大体130円程度の庶民的な料理として人気。最初は鶏のレバーを使用していたことから「鶏肝板」と呼ばれていたが、あるとき棺桶に似てることから「棺材板」(棺材=棺桶の意)と呼ばれるようになったという。

JOBBBインターネットラジオさんで台湾新聞が紹介されました。

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JOBBB355 リスナーさんからのお便り ⑤ 台湾新聞


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2016年のWDCに向けデザイン業界の交流会開催

台北ナイトの会場には台湾デザイナーの作品も展示された
台北ナイトの会場には台湾デザイナーの作品も展示された

国際インダストリアルデザイン団体協議会がデザインを通じた都市の社会的・経済的・文化的発展を推進すべく、モデル都市を2年に一度、立候補都市から選出する「ワールド・デザイン・キャピタル(以下=WDC)」の2016年の開催地に台北市が選ばれたことを記念し、台湾デザインの交流会「Taipei Night Reception Party」が10月27日、東京・テレコムセンタービルのモノづくりコワーキングスペースにて開催された。

同会には台湾から台北市文化局の林慧芬副局長、台湾デザインセンターの陳文龍CEO及びWDCチーム関係者らが参加し、WDCムービー放映やWDC計画紹介、台湾クリエイターによるプレゼンテーションなどを通して日本のデザイン業関係者らと交流を深めた。

左から、台湾デザインセンターの陳文龍CEO、台北市文化局の林慧芬副局長、日本デザイン振興会の青木史郎常務理事、公益財団法人日本デザイン振興会の飯塚和憲理事長、台北駐日経済文化代表処の余吉政副代表
左から、台湾デザインセンターの陳文龍CEO、台北市文化局の林慧芬副局長、日本デザイン振興会の青木史郎常務理事、公益財団法人日本デザイン振興会の飯塚和憲理事長、台北駐日経済文化代表処の余吉政副代表

林副局長は「私たちは“デザインは人なり”の精神を基にしている。我々はデザインの力を借りて、台北市をより一層住みやすい都市にしていきたい。2016年に皆様にお会いできるのを楽しみにしている」と呼びかけた。

陳CEOは2016年のWDC開催地に台北が選ばれた理由として、「台湾のデザインはデザイン力が優れているだけでなく背景に豊かな歴史や文化がある。更に台湾は島国なので、国内のマーケットだけでは成り立たず、どうしても海外に進出しなくてはならない。しかしこれが起因して様々な国との交流が生まれ、台湾・台北を知っていただくきっかけになったのだと思う」と述べたほか、「せっかくこのような機会を頂いたのでデザイナーだけでなく市民を巻き込み、インフラレベルのものまでデザインを導入していきたい。単なるお祭りではなく、本当に我々の生活を良くしていくような成果が残せるように努力していきたい」と意気込みを述べた。

また、ゲストとして参加していた日本デザイン振興会の青木史郎常務理事は「台湾のデザインはここ5年くらいで力を持ち始めている。台北はどこの国の人がいってもハッピーになれる。この力はデザインにおいてとても重要な意味を持っている。このことを出来れば現地の台湾人方々に理解してほしい。WDCはそのいい機会になるだろう」と話していた。

会場はWDCテーマカラーの紫を基調としていた
会場はWDCテーマカラーの紫を基調としていた

WDCの開催はイタリアのトリノ、韓国のソウル、フィンランドのヘルシンキ、南アフリカのケープタウンに続き台北で5回目を迎える。WDC TAIPEI 2016では「紫」をシンボルカラーとし、情熱的かつ積極的でありながら派手でなく、格調高いという台北の魅力を表現していく。

また10月25日~11月3日、台北市は東京デザイナーズウィークにも出展。ここでは「お茶」を通じて台湾の人文精神を表し、台湾の名高いお茶4種に、台北市の16の都市発展プロジェクトをイメージしたグラフィックをあしらったパッケージのお茶を配布し、ひと味違う「デザインの台北」をアピールした。

東京デザイナーズウィークにて(写真提供:株式会社Casokdo)
東京デザイナーズウィークにて(写真提供:株式会社Casokdo)

20140919日本地區國民黨後援會成立

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台湾ゴールデングラブの小林亮寛投手、ラジオ番組で台湾人打者を回顧

小林亮寛氏
小林亮寛氏

台湾プロ野球界で活躍し、ゴールデングラブ賞(金手套)のタイトルも獲得した小林亮寛元投手が、福岡でラジオ番組に出演し、現役時代に対戦した台湾人投手を回顧した。番組のテーマは「小林亮寛投手が選ぶベストナイン」で、桑田真澄投手や城島健司捕手、イチロー選手ら日本人選手中心のラインナップに小林投手は、陽森選手(統一)や、彭政閔選手(中信兄弟)、周思齊選手(中信)らを挙げた。パーソナリティから陽森選手を選んだ理由について聞かれると「二塁手としての動きに特徴がある。敵チームだったが、見ていて特にスローイングなどが印象に残っている」と振り返った。また、台湾を代表する中軸打者・彭政閔選手については「彼は寡黙だが努力家。人間的にも優しく尊敬できる選手だ。バットスイングのスイングスピードが非常に速い」と元チームメイトらしいコメントを残した。また小林投手は、台湾屈指の好打者・周思齊選手も挙げた。

小林投手は日本の千葉ロッテなどを経て、2008年、2009年と台湾・兄弟で2年間プレー。2008年は169イニングを投げ10勝をマークし、ゴールデングラブ賞にも輝いた。その後、韓国等でプレーしたが、今年の春に引退。現在は福岡県を中心に指導者としての道を歩んでいる。ラジオ番組では、豊かな経験から繰り出されるトークは実に奥深く、小林投手は、「特に台湾時代の2年間は思い入れが深い」と語る。台湾時代については「非常に充実した2年間で、台湾で野球についての多くを学んだ。在籍した兄弟エレファンツにも思い出に残る選手が多い。生活面など様々なことで助けてもらったし、野球のみならず、貴重な交流ができた。食事面では台湾の食事は美味しく、楽しめた。自分にとって貴重なチャンスを貰った台湾では毎日がトライアウトのようなもので、1試合1試合必死に投げてきた。外国人プレーヤーが環境面で優遇されているわけではなく、チャンスを勝ち取っていった」と振り返った。