日本媽祖會廣邀百名賓客 齊慶成立35周年

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 日本媽祖會為慶祝成立35周年,特地選於3月16日舉行慶祝大會暨新年會,由會長曾鳳蘭邀請近百位賓客到現場參加,包括駐日代表處僑務組副組長王東生、日本中華聯合總會會長毛友次、最高顧問羅王明珠,日本媽祖會顧問,同時也是前青森縣議會議長大見光男等人,及僑務委員黃宗敏、鄭玉蘭等人多位僑領參加,此外,日本媽祖會也特別將金身媽祖請到現場,供所有賓客參拜。

日本媽祖會會長曾鳳蘭表示希望日後媽祖會可以成為國際性的社團
日本媽祖會會長曾鳳蘭表示希望日後媽祖會可以成為國際性的社團

 日本媽祖會會長曾鳳蘭表示自2012年接任會長一職以來,不只舉辦了媽祖昇天大會,也組團回台參訪各政府單位,參訪大甲、彰化、北港和新港等地區的媽祖廟,同時也積極前往新加坡、馬來西亞等國,與當地的媽祖會交流,曾鳳蘭強調希望日本媽祖會有朝一日可以變成國際性的媽祖會,她也在會中呼籲大家踴躍參加每年舉辦的東南亞訪問團。

駐日代表處僑務組副組長王東生表示日本媽祖會長年耕耘,對促進台日民俗文化交流貢獻良多
駐日代表處僑務組副組長王東生表示日本媽祖會長年耕耘,對促進台日民俗文化交流貢獻良多
前眾議院議員中津川博鄉特別出席與會
前眾議院議員中津川博鄉特別出席與會

 駐日代表處僑務組副組長王東生則致詞提到媽祖會創立於1978年,當時由名譽會長入江修正號召日本有心華僑和日本友人共同協助成立,王東生表示在日本媽祖會的協助下,促成日本多處廟宇和朝天宮締結為姊妹廟,對宣揚台灣固有民俗文化貢獻匪淺。接著在日本媽祖會顧問大見光男致乾杯詞時則向大家報告,青森縣著名的睡魔祭中將會製作一個以媽祖、千里眼和順風耳為主題的睡魔巨燈,讓在場的賓客都相當期待。

日本媽祖會顧問大見光男表示青森縣將製作以媽祖為主題的睡魔巨燈
日本媽祖會顧問大見光男表示青森縣將製作以媽祖為主題的睡魔巨燈
與會賓客全體合影
與會賓客全體合影

 隨後,主辦單位也安排了卡拉OK和抽獎等活動,讓現場氣氛愈趨熱絡,最後則在日本媽祖會總監事吳正男致閉幕詞下,圓滿結束當天的活動。

負責此次大會活動的日本媽祖會執行部成員
負責此次大會活動的日本媽祖會執行部成員
與會的日本賓客亦在會場向金身媽祖參拜
與會的日本賓客亦在會場向金身媽祖參拜
與會賓客和僑務組副組長王東生合影
與會賓客和僑務組副組長王東生合影

旅美藝術家李明維 森美術館個展台灣第一人

台灣文化部與日本森美術館首次合作,將於今年9月24日至明年1月4日在東京六本木森美術館舉辦台灣藝術家主題展,已選定將展出旅美藝術家李明維的作品。

  此次台日首次合作的主題展名稱定為「李明維與他的關係展」,集結了李明維過去20年間所創作的重要作品,內容包含「思考空間與概念」、「日常生活進行式」、「歷史文化社會與個人記憶牽絆」三大單元,展出時也將透過抽籤,邀請觀眾與他互動,參與他的作品之中。

 為了此次首度合作,台日雙方於3月11日在台北舉行記者會,文化部長龍應台、策展人片岡真實皆出席此次記者會。龍應台在會中特別推崇李明維的作品,認為其作品能夠讓人勾起自己的情感,對於歷經311震災的日本民眾來說,想必會有更深沈的感受。

 

「李明維與他的關係展」

展出時間:2014年9月24日至2015年1月4日

展出地點:東京六本木森美術館

相關資訊:http://www.mori.art.museum/jp/exhibition/post_241.html

 

 

台湾・故宮博物院が入館料値上げへ

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台北の国立故宮博物院では、昨年3月に一度入館料の値上げ案が出されたものの、各界の反発で見送りになっていたが、今年7月1日に再度入館料の改定が行われることが判明した。一般料金は従来の160台湾元(約540円)より56%増の250元(約840円)となるほか、団体料金もイヤホンガイドのレンタル料込みで同150%大幅増の250元へと引き上げられる。

入館料改定が判明した国立故宮博物院(写真提供:国立故宮博物院 )
入館料改定が判明した国立故宮博物院(写真提供:国立故宮博物院
)

同院での値上げ実施について蕭万長前副総統は、「参観の品質維持のためにも入館料を引き上げて来館者数を抑えるべきだ。」との見方を示した。また、17日の立法院教育・文化委員会に出席した同院の馮明珠院長はこれに対し、昨年の入館者数延べ450万人のうち、90%が博物院側に対して高い満足度を示していると述べた。

故宮側の統計によると2012年の入館者数436万人のうち44%が中国大陸からで、団体客では大陸212万人、日本45万人、韓国9万人、東南アジア7万人、香港7万人、台湾4万人だった。

また、2014年6月24日(火)~9月15日(月・祝)に日本の東京国立博物館で開催される特別展・台北 故宮博物院での入館料は当日券が大人1600円、大学生1200円、高校生700円。前売り料金が大人1400円、大学生1000円、高校生600円となっている。

駐・那覇弁事処蘇啓誠処長インタビュー

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平成25年12月2日付けで駐・那覇弁事処処長に就任した蘇啓誠氏に抱負を聞いた。

蘇啓誠処長
蘇啓誠処長

Q:日本語との出会いは。

A:大学から。大学受験は、私たちの時代は自分の点数に見合った学科に自動的に振り分けられていました。当時、英語を希望していましたが、たまたま私の点数が日本語学科の点数に合致しました。入学した1975年は、台湾と日本が国交断絶後、3年目ということで気分としては英語を勉強したかったですね。

蔡茂豊先生と拓大の研修生(今は日通台北支店長)
蔡茂豊先生と拓大の研修生(今は日通台北支店長)

Q:大学で学んだこと。

A:大学2年生の時に交流協定を結んでいる日本の拓殖大学の学生20人が夏休みを利用して我が校(私立東呉大学)に短期語学留学でやってきました。その際に我が校からも10人のチューター(学生への学習助言や教授の補佐を行う者)が選ばれ、その中に私も運よく入りまして、同世代の日本人学生の世話をするなかで日本に興味が沸きました。その後、日本語教育に熱心な教授と出会い、大きな影響を受けました。

Q:日本の大学院に留学した経緯は。

A:最初は私立中国文化大学大学院に進学しました。当時、東呉大学には大学院はありませんでした。大学院は日本の総合百貨店のように政治、経済、文化となんでも好きなように勉強できました。10人合格しましたが競争率は高かったと思います。81年に大学院を卒業し、兵役について83年に除隊。日本第一製薬の台湾における子会社に就職しました。その傍ら、東呉大学と明志工業専門学校で非常勤講師を務めました。1985年には交流協会の奨学金で日本の大阪大学大学院に留学しました。日本は初めてで、忘れもしない4月2日、同期全員で東京に行きそこからそれぞれ留学先に分かれたんですが、新幹線から外の景色を眺めながら台湾より進んでいるなという印象を持ちましたね。

Q:外交部に入った経緯。

A:88年に大阪大学大学院を卒業した後、駐大阪弁事処の現地採用に応募して合格しました。国家公務員の資格はありませんからキャリアへの道は閉ざされています。ただ、周囲の人たちを見ていて私も外交官になれるかなと、独学で勉強し、受験しました。京都大学(博士課程)に留学していた家内からは無理だと言われましたが、その通りで1年目は失敗し、2年目にやっと合格しました。年齢制限ぎりぎりの34歳の時です。

Q:東京の代表処勤務が2回あるが。

A:合わせて10年と1カ月です。1回目は95年1月から2001年1月まで、2回目は2007年7月から2011年8月まで。1回目は国会議員や地方議員などのアテンドを中心とした政務の仕事でした。2回目は馬英九現総統が選挙前に東京を訪問した際に通訳などを務めました。2008年、政権交代後、馮寄台代表が就任し、秘書として仕えました。

Q:那覇弁事処長就任したが日本の印象は。

A:日本と台湾は本当に近くて親しい間柄だと思います。与那国島から110kmです。3.11以後、海部俊樹元総理大臣秘書官松本彧彦氏の企画による与那国島~台湾110kmリレー泳断は台湾でも大きく取り上げられました。天気がいい日は台湾が見えます。那覇は台湾北部と同じ亜熱帯気候で本土では見られない植物や食べ物がたくさんあります。バナナ、ドラゴンフルーツ、荔枝、マンゴーなど。国民性も沖縄は台湾と似ており、非常にフレンドリー。初対面でも古い友人のように付き合ってくれます。お酒も好きですし(笑)

Q:尖閣問題や漁業協定問題などについては。

A:数年前、台湾から日本の海上保安庁にあたる役所から1人、派遣されてきています。漁業問題などに対応するためです。去年の4月に長年の懸案事項だった漁業協定が締結されましたが、沖縄の一部の漁民から不満の声も出て、これまで両国の漁民同士が3回で話し合いをし、操業ルールに関する合意を得ましたので、これから実施の運びとなります。うまく行くことを願っています。

プロフィール

蘇啓誠(そ けいせい)処長:1957年8月1日生まれ。嘉義県出身。1979年6月、私立東呉大学日本語学科卒業。1981年6月、私立中国文化大学大学院日本文学専攻修士号取得。1988年4月、国立大阪大学大学院日本学専攻修士号取得。1991年1月、外交部に入る。以降、台北駐日経済文化代表処、亜東関係協会、那覇弁事処での勤務を経て、2013年12月、駐・那覇弁事処長に就任。

 

期待高まる台湾プロ野球、オープン戦スタート

今年も台湾プロ野球に期待が高まる
今年も台湾プロ野球に期待が高まる

日本で活躍したプレイヤーら新戦力の加入、兄弟エレファンツの身売りなど、様々な話題で注目を集める中華職棒(台湾プロ野球)リーグが、オープン戦に入った。台南球場では、「統一ライオンズ対中信兄弟エレファンツ」の試合が開催。統一ライオンズには、日本人の立石充男コーチが加入。日本でのコーチ経験が長い立石コーチは、以前、台湾・和信ホエールズでコーチを務めたこともあり指導力に定評がある。和信時代はアレックス・カブレラ選手(後に西武ライオンズ等で活躍)も指導した。

兄弟は中信に身売りし、球団名は「中信兄弟エレファンツ」となった。ユニフォームは以前のものとほぼ変わらず、黄色と黒が基調となっている。そのエレファンツには、昨年まで日本・阪神で活躍していた林威助選手が加入。統一戦では林威助選手は6番指名打者として出場。4番・彭政閔選手、5番・周思齊選手、6番・林選手という強固な中軸打線が完成した。一方、昨年のチャンピオンチーム・統一ライオンズには、メジャーリーグでプレー経験のある郭泓志投手が加わり、林岳平投手らを擁するリリーフ陣に厚みが増した。台湾代表のキャッチャー・高志綱選手が守りの要としてチームを牽引する。統一と中信兄弟のオープン戦には、台湾で放送のテレビ番組「大口吃遍台湾」の日本人司会者・阿松(松田直弥)氏が訪れ、高志綱選手らに「今年も台湾リーグを盛り上げてください」と激励した。

中信兄弟の彭政閔選手(左)
中信兄弟の彭政閔選手(左)

義大ライノスはアメリカ人のダラス氏を監督にむかえチームの再建を図る。エースの林晨華投手、阪神に在籍した蕭一傑選手らが投手陣の柱となる。打撃陣は左の好打者・林益全選手、アメリカ帰り2年目の胡金龍選手、俊足好打の張建銘選手らの上位打線での得点力が期待される。Lamigoモンキースには、日本の西武ライオンズなどで活躍した許銘傑投手が加入。日本人の正田樹投手もLamigoで台湾球界復帰となり、ローテーションの軸として回ることになりそうだ。打線は林智勝選手や林泓育選手らの中軸がカギとなる。オープン戦は3月18日に終了。公式戦は3月22日、新荘球場での「統一対義大」が開幕戦となる。

台湾では、男性でも「ソフトボール(塁球)」が人気!!

台湾で人気が高い塁球(ソフトボール)
台湾で人気が高い塁球(ソフトボール)

日本でソフトボールと言えば、上野由岐子選手に代表されるように「女性」のスポーツのイメージがあるが、台湾でソフトボール(塁球)は「男性が気軽に楽しめる」スポーツとして定評がある。ソフトボールのルールは野球と酷似しているが「危険性」の面で全然違う。硬式野球に於いてはデッドボールやランナーとの交錯は危険で、人命や身体にも影響を与えかねないといった指摘があるが、ソフトボールは、ボールにも若干の軟度があり、比較的安全である。特に「慢速塁球」は、ピッチャーが山なりのゆっくりとしたボールを投げ、それを打つという誰でもできそうな簡単なルールと仕組みだ。「ソフトボールは老若男女誰でも楽しめるスポーツです。ゲートボールよりスピード感もあります」と話すのは、台南市でチーム「亨達(ヘンダ)」を率いる王政山監督。野球のように「競技をすることでお金を稼ぐ」わけではないが、台湾では、アマチュアや趣味のスポーツとしての定着度が高い。街には「太魯閣打撃練習場」のような「ソフトボール用のバッティングセンター」もある。

台湾ソフトボールの優勝記念品
台湾ソフトボールの優勝記念品

一般的に、各チームの練習時間は平日の夜7時半から10時半まで。ナイター照明のあるミニサイズの球場を借りて、打撃や守備の練習を行う。土曜、日曜は試合に充てる。コーチ兼選手でもある陳文賓氏は「基礎的な運動能力が必要となる。健康維持にも役立つし、ストレス発散にもなる」とソフトボールの長所を語る。

年間には「主席カップ」「菁英カップ」「體委カップ」「労工カップ」「中正カップ」「総統カップ」など数々の大会が開かれ、各チーム凌ぎを削っている。亨達の王政山監督は「ソフトボールは野球のように厳格で管理的な指導をしない。自由に、しかし、規律を持って行えるのがこの球技の魅力。そうしなければ長くは続かないし、年齢が達したら辞めなければならない。スポーツは本来、『楽しくエンジョイしながら』行うもの。今後も、チームワークを大切にしながら練習や試合に取り組んでいきたい」と話す。「ソフトボール」をしている台湾人の仲間がいたら、メンバーに加えてもらうと良い。そうすれば、台湾の「違った一面」に触れることができるかもしれない。