国際傑人会世界総会陳國書一行歓迎会が開催

国際傑人会日本総会が主催した、国際傑人会世界総会陳國書御一行歓迎会、国際傑人会日本総会2014年総会長認証式、東京国際傑人会成立大会が10月29日、都内ホテルで開催され内外から約100人の来賓、会員、関係者が集った。




午後6時より国際傑人会会員のみにより、国際傑人会日本総会2014年総会長認証式、東京国際傑人会成立大会が行われた。
国際傑人会葉聡明日本総会総会長が挨拶。来賓紹介の後、陳國書世界総会総会長より2014年日本総会総会長就任が予定されている頼浩生氏に認定証及び記念品が贈呈された。続いて、同様に陳世界総会総会長より、10月29日をもって設立された東京国際傑人会の初代会長に就任した望月冰清さんに認定証及び記念品が贈呈された。

それぞれ就任の挨拶が行われ、恒例の合唱。参加した国際傑人会会員全員の記念撮影も行われ、認証式は終了した。
陳國書総会長御一行歓迎会は午後6時45分頃から始まった。主催者を代表して葉聡明日本総会総会長は、陳國書総会長御一行の訪日を歓迎するとともに、日本総会も社会の変化のなかで新たな改革を謝張芳珠前総会長の献身的な努力のもとで取り組んできたとし、「今後、地域の傑出した社会奉仕団体となることを目標に掲げたいと思います。そのための基盤の第一歩として東京国際傑人会を本日、設立致しました。謝張芳珠前日本総会総会長、陳國書世界総会総会長、会員の皆様のご尽力に深く感謝申し上げます」と述べた。




台北駐日経済文化代表処沈斯淳代表の代理として挨拶した林則媛夫人は、国際傑人会が長い歴史ある国際奉仕団体として実績を積み、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、日本、台湾などに総会を設置していることに触れながら「日本総会が謝張芳珠前日本総会総会長、葉聡明日本総会総会長の優れたリーダーシップのもとで台日民間交流を積極的に推進して来られたことに対し、この場をお借りして皆さんの熱意ある奉仕精神と貢献に感謝申し上げます」と述べた。
陳國書世界総会総会長は、日本総会2014年総会長認証式、東京国際傑人会成立大会の成功を祝いながら、この間の日本総会の活動の充実、功績を讃え、「日本総会の会員が傑人会の使命をもって次の世代にもこの使命を伝えることを熱望したい」と述べた。また、国際傑人会の宗旨(躾を身に付け、高貴な人格を実現する)を例に国際傑人会の意義を強調した。最後は「世界各地で発展を推し進めていくに当たり、今日(認証式・式典)は誠に喜ばしく思います。日本総会の発展をお祈り致します」と締めくくった。
加えて、来賓として、赤枝恒雄衆議院議員、国際傑人会世界総会2005年総会長林栢根氏が祝辞を述べた。





乾杯の音頭は東京国際傑人会望月冰清会長が取った。



第二部の余興の部では、馬頭琴の演奏、古筝の演奏、抽選会が行われた。集合写真撮影の後、国際傑人会世界総会謝張芳珠副総会長が閉会の挨拶を行った。「国際傑人会はボランティア団体であり、社会奉仕、社会貢献を趣旨としています。日本総会としては今後とも両国の民間交流を図りたいと思います」と締めくくった。
日本京濱地區僑務座談會 深入探討僑教與華僑人才議題
台北駐日經濟文化代表處今天舉辦「日本京濱地區僑務座談會」,由駐日代表處副代表陳調和、僑務組組長趙雲華和證照組組長張燈城等人到場和與會的僑領,針對日本地區僑務政策和服務相關提案進行討論。會上包括東京、橫濱等地區各僑團領袖、僑界代表和僑務顧問、僑務促進委員等約5、60人出席參加。稍晚的懇親餐會上,駐日代表沈斯淳則現身致詞,感謝僑界在今年10月舉辦國慶慶祝工作的幫忙,並提及座談會上大家針對僑界未來發展在教育、商業等方面皆有提案,相信日後回報僑委會後,對僑界發展將有所助益。
座談會上,副代表陳調和代表致詞,向與會的僑領表達謝意,感謝大家長年來支持與配合僑委會推動的僑務工作,並表示近幾年台日關係交流在各個領域皆有好成績,由於在311東日本大地震後,台灣提供給日本相當大的援助,使得日本國民與政府對台灣都非常感謝,再加上台日兩國國民之間對彼此的好感度相當高,因此,希望僑界可以運用這樣的背景與環境,來增加促進台日的交流。


注重僑教 盼多面向加強僑生競爭力
與會的僑界代表們分別針對僑教、運用傳播媒體增加台灣能見度,以及加強聯繫傳統僑社與新興僑社的融合等議題進行討論,僑務委員鄭尊仁提案,希望可以讓僑校優秀的高中應屆畢業生,不受需在僑居地住滿6年的限制,經由僑校推薦返台就讀公私立大學,同時並建議開放日本地區僑校高中部一年級外籍生或僑生,返台到高中留學一年,希望能進而加強僑校的各項教育,強化僑生的競爭力,而該項議題也決議將回報至僑務委員會,於11月初召開的僑務委員會議上進行討論。另外,僑務顧問楊偉勛希望能整合產、官、學、民界的資源,讓華僑人才能有發揮的機會,並融入日本當地的主流社會,對此,副代表陳調和表示,可藉由成立人才資料庫的方式,增加企業在徵才時使用華僑或是台灣留學生的媒合機會。經由會上表決,日後將於中華聯合總會上以專案討論的方式進行討論。
對於規劃符合日本當地風俗民情教材的議題,則由對僑教相當了解的僑務組秘書宋蕙芸來說明,由於為了讓返台升學的僑生可以銜接的上台灣教育,因而僑校是以使用台灣教材為主,因此建議由日本地區的三所僑校社會文化課程的老師,共同合作製作輔助教材,並提出計畫書給僑委會,經審查後僑委會可提撥經費協助。

宣導政務 提供僑民僑務、領務新訊
座談會上另外也安排僑務組組長趙雲華和證照組組長張燈城,針對旅日台灣僑民的緊急聯絡網建立和更換晶片護照、說明回復國籍的申請辦法等與僑民息息相關的訊息。趙雲華表示,根據日本入管處的數據在日台灣人約有4萬多人,但目前代表處建立的緊急聯絡網僅掌握到1萬多人的資料,因此希望有更多人可以與代表處聯絡。另外,在領務方面,張燈城則提到代表處證照組可為居住遠方的僑民提供郵寄更換護照的服務,同時他也提醒大家在欲使用郵寄更換護照時,可事先打電話詢問需要的資料有哪些,一般情況下可在7至10天內完成更換手續。最後,趙雲華也宣布明年春節文化訪問團預計2月7日到日舉行公演,詳細內容會在與相關僑團開會商議,有進一步訊息會提供給大家。

日本台湾法律家協会が学術研究総会を開催
日本台湾法律家協会は、11月15日、白鴎大学において、個人情報保護の問題と刑事(捜査の可視化)をテーマに学術研究会総会を開催する。また、前日、14日、東京スカイツリーでレセプションを予定している。
名称 日本台湾法律家協会2013年度(第18回)学術研究総会
日時:2013年11月15日 午前10時~午後3時
場所:白鴎大学東キャンパス11階会議室
栃木県小山市駅東通り2-2-2
JR小山駅東口より徒歩1分(東京駅より新幹線45分)
次第:
開会の辞(午前10時~15分)
江頭憲治郎氏 (日本台湾法律家協会副理事長)
荘月清 氏 (常在国際法律事務所カウンセラー弁護士)
上岡 條二氏 (白鴎大学理事長)
学術研究会(午前の部=10時15分~午後0時15分)
・「台湾における個人情報保護法の現状と適用範囲の検討」
(范姜真媺氏・東海大学法律学系副教授)
・「個人情報保護」(仮)
友岡 史仁氏(日本大学法学部教授)
・質疑応答
司会:張 淑芬氏(常在国際法律事務所)
午後の部(午後1時~午後3時)
・「台湾における取調べの可視化の実践」
(高志明氏・萬國法律事務所弁護士)
・「可視化」
(角田雄彦氏・白鴎大学法科大学院准教授)
・「可視化」
(山下幸夫氏・光伸法律事務所弁護士)
・質疑応答
司会:山下幸夫氏・光伸法律事務所弁護士
※総合司会:森田岳人(松田綜合法律事務所弁護士)
※参加費:無料(学会のみ)
一青妙さんの講演が盛況


舞台女優で歯科医師・エッセイエスト・ナレーターと多彩な顔を持つ、歌手の一青窈さんの実姉、一青妙さんが10月24日、都内で講演会を開催した。「私のアイデンティティについて」と題する演題で台湾と関わりの深い人々やファンが駆けつけた。
ある事件をきっかけに日本人と台湾人のハーフとしての自身の存在の意味を考えるようになったという妙さん。講演終了後、温かい、大きな拍手が会場を蔽った。主催は日台友好団体の東京台湾の会。また、講演会の2部として懇親会も開かれた。

講演に先立ち主催者として東京台湾の会の喜久四郎会長は、一青妙さんが3年来の会員であることに触れながら「妙さんはこれまでいろいろな体験と感情の交差のなかで生きて来られました。話を聞かれて皆さんに得るところがあれば幸い。それにしても今日は予想を超える方々に集っていただきありがたいことです」と挨拶した。
講演は前半が自身の家族を含めたプロフィールの紹介だった。妙さんの父親は1928年生まれ。台湾・基隆の顔家財閥(一族は九份の鉱山財閥)の3代目長男。母は1944年生まれ。石川県出身の日本人(一青姓)。1970年生まれの妙さんは小学校時代を台北(私立復興小学校)で過ごした後、父親の仕事の関係で東京世田谷区に転居し、そのまま日本に在住。14歳(中学2年)で父を、21歳(歯科大在学中)で母を病気で亡くした。「大学を卒業して歯科医になり気づいたら30代半ば。台湾とは遠いところで生きていましたね」(一青妙さん)。
ところが5年前、家の建て替えをすることになり、解体時、荷物整理をしていた時に押し入れから1つの箱を見つける。これがその後の人生を変える事件となった。
「箱の中にはたくさんの手紙、ノート、写真などが入っていて家族の思い出が詰まっていました。忘れていた台湾の記憶が、水道の蛇口をひねって一気に貫通するように昔の思い出がフラッシュバックして出て来たんですね」(同)。
これを契機に父親の足跡を辿る作業が始まった。妙さんは顔家の親族や友人たちを訪問することで、学習院に留学していた父親の終戦時の様子、1947年の台湾への引き揚げ時の様子、あるいは台湾での引き籠りの様子などを知り、「日本人として生きたかった父親の苦しみ」に近づく。「日本と台湾が政治的に引き裂かれることで父のような人間もアイデンティティが二つに引き裂かれたのだと思います。同時代の人の話を聞いて、私自身、台湾の歴史を知ることができ、今、『私は日本人と台湾人のハーフです』と言えるようになったんです」(同)。
こうした経験がエッセイ「私の箱子」(講談社)、「ママ、ごはんまだ?」(講談社)の2冊の著作に結実した。現在も妙さんの台湾を探す旅は続いており、「小さなことでもいいから合湾とつながっていきたい」と語る。日台友好団体などとの交流も活発に行っている。
後半は、今、台湾で流行している還島という台湾1周旅行の体験談だった。

第2部の懇親会は、呉正男監事が進行役を務め、三宅教雄顧問が乾杯の音頭を取った。来賓として挨拶した台北駐日経済文化代表処教育組林文通組長は「本日は一青妙さんの講演会にご招待いただきありがとうございます。東京台湾の会の皆さんが日台友好親善のために努力されていることに対して感謝申し上げます」と述べた。続けて台湾協会根井洌理事長、高座日台交流の会石川公弘会長、日本から台湾の世界遺産登録を応援する会の辛正仁さんなどが挨拶を行った。
中島欽一前理事による閉会挨拶の後、1部の司会進行を担当した松澤寛文副会長は「今日は人気エッセイエストの一青妙さんが講師ということで大勢の方が参加されました。ありがとうございました」と講演会の成功を確信していた。
東京媽祖廟代表 連昭惠さんインタビュー

大切なことは心と心の交流、台湾人の温かさを伝えたい
Q媽祖様との出会いは
A小さい頃から観音様を信じていました。私は台湾の大学を卒業後、交流協会の奨学金で1991年に来日し、一橋大学大学院に留学しました。ところが卒業の1年前に父が突然亡くなり、心の支えが急に無くなってしまいました。1994年に大学院を卒業し台湾に戻って大和証券グループ会社のNIF社に就職し、2001年にちょうど仕事のため、来日するかどうかを悩んでいました。その年の媽祖様の誕生日に突然、媽祖様が私に話しかける声が聞こえるようになったんです。「日本に行ってください」とはっきり指示してくださいました。日本に来てから、どんな問題に直面しても、すぐ媽祖様にお願いすることになりました。その時点から、媽祖様にお願いしたことはすべて叶えていただいております。従って、媽祖様に恩返しをするため、東京媽祖廟の建設には一生懸命頑張ってきました。
Q東京媽祖廟との関わりは。
A詹徳薫董事長とは2008年にお会いしました。媽祖廟の話は3~4年前から。詹董事長のもとに華僑様から媽祖廟建立の願いが様々届くようになったということです。問題は誰がお金を出してビルを買って廟を建てるか、また、廟に関する知識やネットワークがないと実現は難しいという点でした。こうしたなかで、資金的な目途が立ったということで詹董事長から昨年の春に「媽祖廟を建てましょう」というお話がありました。ちょうどこの頃、日本媽祖会の入江修正理事長(※)ともお会いする機会がございました。
Q廟の建立までの経緯は。
A去年の4月に不動産屋さんに土地とビルの打診をしました。条件は台湾人が多く住んでいる新宿か大久保エリア。20件ほど物件があり、1つ1つ媽祖様に確認してご指示をいただき、詹董事長とも相談しながら現在の場所に決めました。来てみると両脇が空き地という好条件の場所でした。現地の状況から新たにビルを建てるのではなく、修繕工事、改築をすることにして、お寺を造ることができる台湾の建築業者を探しました。
Q工期は。
A実は媽祖様より来年の旧暦9月9日に安座式をやりましょうというご指示がございました。つまり、今年の10月13日です。逆算して1年少々しか時間がないなか、様々な問題もありましたが直面しては解決しながら今日に辿り着きました。
Q代表としての役割は。
A私がこの立場になったのは、皆様に貢献したいという気持ち、お寺や神様の知識、会社経営の経験などがあると思います。実際、東京媽祖廟の管理システムを作り、またウエブサイトを構築したり、信徒様の拡大や行事をどうしていくか考えていますが、一番大事なのは、心の交流です。ビジネスではありません。東京媽祖廟は営利目的で造られたものではありません。皆様の心をどうしたら温めることができるかが肝心なことですし、心の拠り所になって欲しいと思います。
Q収益事業は。
A寄附という形ではなく、台湾では普通に行われている光明燈へのお供え(1年1万円)をお願いしています。
Q今後の活動は。
A華僑の才能ある方々に先生になってもらいながら老若男女、例えば、健康のための正座など各種勉強会や授業などを行ったり、家庭や仕事の悩みなどの相談を受けたり、様々な交流が深まれば嬉しいですね。ここは宗教のための信仰の場のみということではありません。現在、協力いただける方たちと運営委員会を作って定期的に話し合いを持っています。
Q最後に。
A3.11の地震時の義援金に見られるように、台湾人の心の中に隠れている優しさ、温かさを皆さんに伝えたいと思います。
※一般社団法人日本媽祖朝天宮代表理事入江修正氏
■プロフィール
連昭惠、台湾台北市生まれ。1990年、台湾輔仁大学を卒業、1991年に日本一橋大学大学院商学研究科に留学。1994年に卒業、そして帰国後、大和証券グループ会社のNIF社台湾支店に勤務。2001年、仕事のため再度来日。2003年2月に、ウィツ株式会社設立。2013年、東京媽祖廟代表に就任。
念願の東京媽祖廟、盛大に落慶開廟式典、開催

留日華僑の悲願であった東京媽祖廟が新宿区大久保駅前に完成し、10月13日、安座式典&祝賀会が盛大に開催された。
媽祖は航海や漁業の守護神として中国沿海部福建省や潮州を中心に、台湾ではとくに篤く信仰されている道教の女神。東京媽祖廟の本殿(3階)には、中国最古の媽祖廟と言われる福建・泉州天后宮から分霊された媽祖様、そして朝天殿(2階)には300余年の歴史を有する台湾・北港朝天宮の分霊された媽祖様を祀る。


午前10時から始まった安座式典には、詹徳薫・東京媽祖廟会長、台北駐日経済文化代表処沈斯淳代表、馮寄台・前代表、徐耀昌、黄文玲、呉宜臻、陳節如、姚文智の各立法委員、陳士魁・僑務委員会委員長、黄石城・前中央選挙委員会主任委員などが出席し、最初に落成記念のテープカットが行われた。続いて、3階の本殿に移動し、主催者、来賓が参加する形で滞りなく開光の儀式および上香の儀式が行われ、媽祖様が無事、鎮座された。
沈斯淳代表は、「媽祖信仰は、台湾の重要な信仰の一つ。こうして東京媽祖廟が創建され、東京に住む華僑の方々にとって信仰の拠り所になることは、この上なく喜ばしいことです」と今後の展開に期待を示した。
詹会長は、「建てるまでには近隣住民から反対の声があがるなど苦労もあったが、多くの人々の尽力と寄付によってこうして完成の日を迎え、人生で一番嬉しい一日だ。大久保にはたくさんの台湾人が住んでおり、廟が心の拠り所となることを望む。2020年までにこの周辺を台湾街または媽祖街にしたい」と力強く語った。
その後、来賓は1階に移動し、記念撮影に応じていた。

東京媽祖廟安座祝賀会は、午後6時30分から帝国ホテルにて実施された。冒頭挨拶した詹徳薫会長は、午前中の式典で述べたように、建設には5億円の費用を要したが、こうして完成の日を迎えられ、人生で一番嬉しい一日です、と挨拶した。次いで、陳士魁・僑務委員会委員長、日華議員懇談会平沼赳夫会長、台北駐日経済文化代表処陳調和副代表、日本媽祖会入江修正名誉会長、台灣北港朝天宮蔡咏鍀董事長、西田順三参議院議員、徐耀昌立法委員、黄石城・前中央選挙委員会主任委員が祝辞を述べた。
乾杯の音頭は日本中華連合総会毛友次会長が取った。宴は和やかに推移し、途中で台湾で高名な書道家張炳煌氏が登場。その場で文字を書くパフォーマンス。持参した作品と合わせて5枚を参加者に贈呈した。

最後に挨拶した連昭惠代表は「東京媽祖廟は改築という難しい方法でようやく完成にこぎつけました。いろいろ問題はありましたが、媽祖様のお陰で順調に今日に至りました。日本と台湾を往来する中での祝賀会ということで、こうした安座式典を開催できて誰よりも嬉しいです。今後、東京媽祖廟を通して、日本と台湾の文化をもっと促進させていきたい」と締めくくった。
この後、全員で媽祖の歌を合唱し、閉幕した。





















































