【東京訊】台湾文化部駐日台湾文化センターはこのほど、小学館から刊行された、台湾作家何致和の長編小説『花街樹屋』の日本語版『記憶とツリーハウス』を読者向けに対談形式で紹介した。
何致和と日本を代表する文芸評論家・川本三郎を招いて9月5日、「まだ見ぬ台北を歩く」と題して対談したもの。文学と都市表現を切り口に、作品に描かれた台北の記憶や街の風景について語り合った。定員60人の参加枠は、募集開始後1日で満席となった。
何は現在、国立台北芸術大学文学学際創作研究所の准教授を務め、長年にわたり小説を執筆している。これまでに宝島文学賞、聯合報文学賞、台湾文学金典賞などの受賞歴がある。
『花街樹屋』は、何が台北・万華で育った経験から着想を得た作品。夜市と歓楽街のそばで成長した3人の少年が、檻に閉じ込められたオランウータンを救い出そうとする冒険を通じ、忘れがたい記憶を共有する。長い年月を経て、そのうちの一人が亡くなったことをきっかけに、主人公は忘れかけていた過去をたどり直し、記憶や生命、自由の意味を問いかけていく。
日本語版の翻訳は、長年台湾文学の翻訳に携わり、楊双子の『台湾漫遊鉄道のふたり』で日本翻訳大賞を受賞した三浦裕子が担当した。
対談で何は、『花街樹屋』の創作過程を振り返り、自身の万華での成長の記憶を、どのように小説へと昇華させたのかを紹介した。物語の主人公やその両親は、当初、自分たちが暮らす環境を肯定的に捉えていなかったという。そのため作中の「ツリーハウス」は、遠くを見渡し、今いる場所から抜け出したいという願いを象徴している。
台湾社会は急速に変化しており、人は成長の過程でその変化に気づかないまま、何年も経ってから、幼い頃に親しんだ物や街並みが次第に消えていることに気づく。それとともに、故郷に対する認識も変化する。かつては受け入れられなかった場所が、今では懐かしく、愛おしく感じられ、その姿を残したいと思うようになる。何致和は小説を通じ、失われつつある記憶と風景を改めて描き、保存しようとしたと語った。
作品に登場するオランウータンは、何の少年時代は実際に万華にいたという。当時はまだ幼く、仲間たちと救い出すことはできなかったが、長い年月を経て、その記憶を小説の物語へと発展させた。さらに、1980年代の万華・華西街で見られた、蛇を扱う商人による蛇の解体や蛇同士を闘わせる光景などを振り返り、当時の万華が持っていた独特な都市の風景を紹介した。
対談相手を務めた川本は、日本を代表する文芸評論家の一人で、長年にわたり文学や映画の評論分野で活躍し、数多くの重要な文学賞、評論賞を受賞している。川本は約10年前に『花街樹屋』を読み、強い印象を受けて以来、日本語版の刊行を心待ちにしてきた。今回、長年の期待がようやく実現したことになる。
何が描く万華について「自身も約10年前に現地を訪れた経験がある」と紹介。当時すでに万華の近代化は進んでいたものの、一部の路地には昔懐かしい雰囲気が残っており、台湾映画『モンガに散る』に登場する街の風景を思い起こさせたと語った。
さらに「記憶」という視点から、都市とアイデンティティーの関係について論じた。人の記憶には、自らが実際に体験したものだけでなく、失われた風景に対して抱く「ノスタルジー」も含まれるという。
東京では急速な都市の変化によって、古い建物や生活の風景が次々と姿を消している。そのため人々は、昭和時代への郷愁を通して、記憶のよりどころを探すことが多い。一方、京都では歴史ある街並みが今も日常生活の中に息づいている。長い歴史を持つ京都にとって、昭和はその一部にすぎず、必ずしも特別に「懐かしむべき時代」として捉えられているわけではないと説明した。
台湾もまた、急速な都市の変化を経験してきた。人々は失われつつある風景の中で、改めて「私たちは何者なのか」を考え、記憶とノスタルジーを通じて、自らのアイデンティティーを探し求めていると語った。
2026.09.08












































